心理社会支援のポイント
医師の実践ポイント
妊孕性温存するか悩んでいる(あるいは考えられない)とき
患者さんは、生命の危機だけでなく、妊孕性の危機も同時に迎えています。大きな精神的ストレスの中で複雑な意思決定を迫られている患者さんに対しては従来のインフォームド・コンセントのように、患者さんの明確な考えで意思決定することを求めるのは困難であると考えます。患者さんに関わる医療者皆と患者さん、そして、ご家族が皆で意思決定に責任を持っている旨を患者さんに説明し、心理的な負担を和らげることが医師の行う支援のポイントであると考えます。情報提供を行うことも十分に支援になっていることも忘れないでください。
妊孕性温存にトライしたができなかったとき
辛い治療にチャレンジしたことを肯定的に評価する声かけを行います。妊孕性温存できなくて患者さんとの関係がすべて終わるわけでないことを伝えて、がん治療後の妊孕性評価のために治療終了後も年に1回でも2回でもいいので受診するように勧めます。日進月歩の生殖医療なので数年先には新しい医療が始まっている可能性もあり、そのような情報を得るためにもkeep in touchでいましょうと説明します。
看護師の実践ポイント
妊孕性温存するか悩んでいる(あるいは考えられない)とき
看護師の役割は、まず第1に患者さんの思いに寄り添うことと考えています。私が考える“思いに寄り添う”とは、ただ聴くということだけではなく、患者さんは何に悩んでいるのか、また意思決定に至らない理由は何なのか、そうしたことを整理しながら聴くようにします。この際、看護者の価値観や思い込みをしないように注意し、患者さんの言葉や表現から悩みの本質をとらえるようします。
続いて第2の役割としては、よきサポーターであり、よき調整役となることです。患者さんが抱えている悩みを整理しながら関わることで、納得のいく意思決定をするためにはなにが足りないのか、どこをサポートしたらよいのかがおのずと見えてきます。
患者さんは短期間に多くの情報を得ることから、混乱に落ち入ることがあります。それが悩みにつながっていることも多くように感じます。まずは、患者さんが得た情報を整理できているか、偏っていたり足りていないことはないかを確認しながら、必要時は看護師が情報提供を行います。また場合によってはもう一度医師から話が聞けるよう調整することもできます。あるいは、家族や周囲の人への配慮から意思決定できない場合は、家族を交えてカウンセリングの機会を調整することもできるでしょう。
妊孕性温存に悩んでいるときには、看護師が本人の悩みを共有→問題を一緒に整理→問題解決のための調整(医師や心理士へのつなぎ役であったり、あるいは追加の情報提供を行うなど)が看護師の役割と考えています。
妊孕性温存にトライしたができなかったとき
妊孕性温存できなかったということは、「将来抱くはずだった赤ちゃんの喪失」と同じ喪失感を抱いてしまうことがあります。なぜならば妊孕性温存を実施する前に、多くの医療者やメディアなどから“がん治療をすると妊娠が難しくなる”と伝えられるためです。正しい情報提供であったことが、治療の結果によっては患者さんを苦しめてしまうこともあります。一番さけたいことは、(がん治療医の許可なく)がん治療を先延ばしにすることや、がん治療をやめてしまうというリスクです。
そこで看護師の役割としては、患者さんが本来行う予定のがん治療を受けることができるように、しっかりと精神的なサポートをすることと考えています。
まずは、ショックであったことや様々な喪失体験を共有します。そして、そうした思いを受け入れます。また、もしもがん治療を延ばしたいとか止めたいといった感情が表出されたとしても決して否定はせずに「そう思いますよね」と受け入れます。そう関わると、少しずつ患者さんの気持ちも変化してくように思います。
次に、苦しい状況の中しっかりと意思決定して治療に挑めたことをねぎらい、生殖治療によってうけた身体的な痛みや苦痛、金銭的社会的な負担についてもがんばりを認めるよう関わります。患者さんが「せっかく頑張ってやったのに、成果がでなかった」と結論づけてしまうのではなく、「精一杯考えて、精一杯決断し、そして頑張れた」と感じて頂けるよう関わります。
さらには、こうした経過や患者さんの身体変化に加え感情変化について、生殖担当看護師とがん治療担当看護師で共有することです。多くの医療者でしっかりとサポートしていくことが必要であると考えます。
心理士の実践ポイント
妊孕性温存するか悩んでいる(あるいは考えられない)とき
がんの告知によって気持ちも不安定になっているタイミングなので、自己決定が難しくなることがあります。まず、今の思いをうかがいます。分かってもらえると感じることで、少し落ち着くことができます。さらに、ご家族など周囲のサポート状況にも目を配ります。一緒に医療情報を整理しで、理解が不十分な点があれば、それを補足します。患者さん自身が大切にしたいことを明確にすることで、ご本人が現実的に選択することを促しましょう。
妊孕性温存にトライしたができなかったとき
患者さんはトライしたけれど出来なかった、ということに対する今の落ち込みと、将来の妊孕性の喪失という二重の喪失を体験しています。また、これからの闘病にあたって、「前向きに頑張らなくてはいけない」という思いや、「ただでさえがんで心配をかけているのだから」とつらい気持ちを表すことが出来なくなっている場合があります。いつでもその思いを受け止めることが出来るということが患者さんに示されていることは大切です。
気持ちだけではなく、体調不良などさまざまな形でつらさが表れることがあります。明らかに落ち込んでいるように見えなくても、患者さんのサインに目を配ります。他のスタッフや患者さんの目を気にしなくてもよい落ち着いた場所で、ゆっくりと時間をかけて患者さんと話すことの出来る機会があればなお良いでしょう。
ソーシャルワーカーの実践ポイント
妊孕性温存するか悩んでいる(あるいは考えられない)とき
- 患者さんのサポート資源が乏しい
患者さんは医療・療養において様々な決断を求められます。家族や身近に相談できる人がいない(少ない)患者さんが適切に、安心して受療・療養ができるように、「気持ち」と「暮らし」を整えていくお手伝いをします。 - 患者さんとご家族の間で意向が一致しない
意向が一致しない理由は様々ですが、生活場における医療や出産に関する地域文化による影響でコミュニケーションの齟齬が生じている場合もあります。個々の思いや感情を整理しながら、地域文化、世代差、社会的役割なども踏まえた上で、関係調整や合意形成のお手伝いをいたします。 - 患者さんが医療費の心配をしている
患者さんにとってがんの治療費は経済的にも心理的にも大きな負担になる場合があります。一般的ながんの治療費は公的社会制度や契約している民間生命保険により負担軽減が可能です。 - 患者さんが治療と就労のバランスに悩んでいる
患者さんにとって就労は社会的存在であることを実感できるものです。就労と心身のバランスのとり方や職場の上司・同僚との付き合い方などの相談に応じます。
妊孕性温存にトライしたができなかったとき
- 妊孕性温存の結果が夫婦間(親族間)の関係性に影響を与えている
結果の受け止め方、想いの表現の仕方には個別性があり、お互いにパートナーを気遣い過ぎて率直なコミュニケーションができなくなる場合があります。温存の選択への後悔や自責感、罹患やがん治療への自罰的な感情が芽生えることもあります。また、温存の結果に対する親族の反応により、患者さんがあらゆることに受容的になることもあります。個々にとって負担の少ない関係性を再構築できるように調整や橋渡しのお手伝いをします。 - 患者さんが周囲(親族・友人)との付き合い方に悩んでいる
罹患を知らない(または治療が終了したと思っている)周囲の人々の悪気ない言動に、どのように対応すると生活しやすいかを患者さんと考えながら、具体的な方法をアドバイスします。 - ご家族が患者さんの悲嘆等への向き合い方に悩んでいる
患者さんのネガティブな感情表出・表現にどう向き合ったら良いかと悩む家族は多いです。個別性を踏まえた寄り添い方、コミュニケーションの取り方について対応します。 - 患者さんが同じ体験をした(している人)との交流を望んでいる
妊孕性温存の体験者との交流は難しいかもしれませんが、がんの患者会等を情報提供することは可能です。患者さんが体験者との交流にどのような想いを持ち、何を期待しているかを聴きながら、適切な支援機関や支援者を検討したり、繋いだりします。