近年,妊娠・出産年齢の上昇に伴って妊娠合併乳癌の頻度は増加しており,妊婦10万人中15~34人程度の有病率といわれる。妊娠中に診断される乳癌は進行がんで診断される頻度が高く,周術期化学療法が重要である。妊娠中の乳癌周術期に使用可能抗がん剤はアドリアマイシン,シクロホスファミドであり,AC療法やFAC療法が選択されることが多いが,これらは嘔吐リスク「高」に分類されている。治療強度を保つこと,嘔気嘔吐による脱水・低栄養を回避するためにも制吐薬の使用は重要である。
また,乳癌周術期化学療法として,G-CSF製剤を併用し投与間隔を短縮するdose-dense療法が行われるため,妊娠中のG-CSF製剤の安全性評価も重要である。
乳癌周術期化学療法使用中の制吐薬として,主にステロイド,5-HT3受容体拮抗薬,NK1受容体拮抗薬が挙げられる。
胎児低血糖等のリスクはあるが,リスクと有用性を勘案し使用されることが多い。
縄田1)や仲田ら2)は実際にデキサメタゾンを選択している。一方で,Shacharら3)はデキサメタゾンよりも胎盤での代謝性が高く胎児移行が低いプレドニゾロンやヒドロコルチゾンの利用を推奨している。また,青山ら4)は長期安全性が不明瞭であることを理由にデキサメタゾンを使用していない。
Shacharら3)の報告では,5-HT3受容体拮抗薬について,オンダンセトロン,パロノセトロン,グラニセトロンは妊娠中に使用できるとしている。縄田1)や仲田ら2)はグラニセトロンを選択している。
第二世代5-HT3受容体拮抗薬のパロノセトロンについては,妊娠中の使用に関する安全性を評価したデータはないが,妊娠中の使用に伴う奇形の頻度増加や胎児に対する直接的・間接的な有害な影響は観察されておらず,使用に際しては慎重に相談を行うべきである。
アプレピタント/ホスアプレピタントの妊娠中の使用に関する安全性を評価し得るだけのデータはなく,使用報告数も少ない。青山ら4)はアプレピタントを使用しているが,縄田1)は胎盤通過性を考慮し選択していない。Shacharら3)は,データが不十分のため評価不可能だが,嘔吐による脱水のリスクと潜在的な胎児への影響を考慮し個々に適応を決めるべきとしている。
いずれの制吐薬についても,妊娠中に使用するにあたり強く推奨できる薬剤はなく,症例毎にメリット・デメリットを考慮し決定する必要がある。
Cardonickら5)は,妊娠中にG-CSF製剤およびPeg G-CSF製剤を使用した症例の出産時の転機について,同製剤を使用しなかった場合と比較して有意な差は認めないとしているが,妊娠中の使用に関する安全性を評価し得るだけの十分データはなく,使用を推奨することはできないと考える。
以上より,妊娠中の乳癌に対する化学療法の支持療法を行うに際しては,薬剤毎の安全性,産婦人科医や薬剤師との連携,そして患者・家族への十分な情報提供を行ったうえで制吐薬を使用することは可能と考える。
日本乳癌学会編『乳癌診療ガイドライン2018年版』薬物療法FQ18「妊娠期乳癌に対して薬物療法は勧められるか」では,化学療法を施行する際に制吐薬として5-HT3受容体拮抗型制吐薬やデキサメタゾンを併用しても,胎児への重篤な影響は報告されていない。NK1受容体阻害薬については安全性を検討するだけのデータは十分ではない。また,G-CSF製剤は少ないデータの中であるが胎児への影響は大きくないとされている。いずれも妊娠中期以降の投与に大きな問題はないとされているが,長期の安全性は確認されていないため,使用する際には適応を慎重に判断する必要がある,と記されている。