妊娠期乳癌患者の治療方針を検討する際,化学療法を行うことでの胎児への影響と母体への影響,また化学療法を回避することでの乳癌の予後検討することは,治療方針決定においては重要な要素となる。妊娠中の化学療法施行についての主要なアウトカムを比較検討し,その有用性とリスクについて議論,推奨を提示することで,臨床決断の大きな助けになることが期待される。
本CQでは妊娠期乳癌患者において,妊娠中に化学療法をする群と化学療法をしない群の2群間で,「早産率」「流産率」「奇形合併率」「無病生存期間」「全生存期間」を評価した。
2000年から2019年の間に掲載された文献の中から検索を行い,検索された410編から48編を二次スクリーニングに採用し,そのうち13編1)~13)(4編のコホート研究,5編の症例対照研究,4編の症例集積)を最終評価に採用して5つのアウトカムに関して定性的なシステマティックレビューを行った。
3編の症例対照研究と1編のコホート研究があるが,癌腫,病期,治療法にばらつきがあった。また多くの研究で,早期治療を目的とした意図的早産と自然早産がまとめて取り扱われており,化学療法の影響が評価困難であることからエビデンスの確実性は弱とした。
1編の症例対照研究のみであり,化学療法による流産率の正確な把握は困難であった。また治療的な人工妊娠中絶もあり,自然流産の正確な把握ができないことからエビデンスの確実性は弱とした。
2編の後方視的コホート研究と,3編の症例対照研究がある。いずれも化学療法を行った患者のみを対象としているが,奇形合併率においては対照がなくとも評価に問題ないと思われた。妊娠中期以降であれば奇形率は一般の妊娠・出産における奇形率と同等であった。しかし化学療法の薬剤や期間にばらつきがあり,個々の薬剤の評価が困難であった。また妊娠中期,後期のばらつきがあり,開始時期個々の評価は困難であることからエビデンスの確実性は弱とした。
1編の後方視的コホート研究と2編の症例対照研究があるが,非直接性は概ね問題なかった。アンスラサイクリン系以外のレジメンによる治療が行われていること,病期のばらつきがあり,乳癌無病再発期間に影響を及ぼす可能性があるものの,3編の研究ではすべて同様の結果であったことからエビデンスの確実性は中とした。
1編の後方視的コホート研究と2編の症例対照研究があるが,非直接性は概ね問題なかった。アンスラサイクリン系以外のレジメンによる治療が行われていること,病期のばらつきがあり,乳癌全生存期間に影響を及ぼす可能性があるものの,3編の研究ではすべて同様の結果であったことからエビデンスの確実性は中とした。
4編のコホート研究,5編の症例対照研究,4編の症例集積から,
の5つのアウトカムについて検討した。
益: | アンスラサイクリン系薬剤を用いた化学療法は,妊娠中期以降に行うことで奇形合併率は通常の妊娠における奇形合併率と同等であった。DFSとOSにおいても非妊娠期における5年生存率は同等である。 |
---|---|
害: | 早産率に関してはサンプルサイズが小さく,かつがん治療目的の意図的早産との鑑別が困難であり評価ができなかった。流産率に関しては治療的な人工妊娠中絶も行われているため,評価できなかった。アンスラサイクリン系以外の薬剤に関しては,投与されている対象が少なく,前述の5つのアウトカムについての評価はできていない。 |
ガイドライン作成委員は,乳癌治療医4人,産婦人科医4人,看護師・倫理・医療統計・患者各々1人ずつの合計12人であった。申告の結果,経済的・アカデミック両者のCOIによる申告の影響はないと判断した。事前に資料を供覧し,委員全員の各々の意見を提示したうえで,議論および投票を行った。
妊娠期乳癌患者に対して化学療法が必要な場合に行うことによる胎児と母体への影響,また乳癌予後への影響は優先される重要な問題であるということで委員間の認識は一致した(「おそらく優先事項である」2人,「優先事項である」5人)。
望ましい効果については,DFSとOSを挙げた。初回投票では意見が割れた。その理由は,今回抽出された研究論文では非妊娠期乳癌患者との比較であり,本来の対象である妊娠中に化学療法を開始しない患者との比較ではないため判断が困難であるというものであった。議論の中で直接的な比較はないものの,非妊娠期と同等の効果があれば利益があるとの意見もあった。最終的な投票では前途の議論を踏まえ,望ましい効果は「中」が4人,「分からない」が3人となった。
望ましくない効果については,「早産率」「流産率」「奇形合併率」を挙げた。初回投票では意見が割れた。その理由として,比較対照群の報告がないため判断が困難,妊娠初期,中期,後期で異なる,早産に医原性早産が含まれる,等の意見があった。最終投票では,早産の多くが医原性早産であり,薬剤による早産,催奇形性等の影響は小さいとの判断から,望ましくない効果は「中」1人,「小さい」6人となった。本CQでアウトカムには含まれていなかった,胎児の発育不良,児の長期的発育についても検討が必要とのコメントがあった。
アウトカム全体のエビデンスの確実性については,初回投票時は5人が「弱」,2人が「中」と判断した。定性的システマティックレビューでのエビデンスの確実性は「弱」から「中」であり同様であったが,採用された論文が小規模研究であることが指摘され,最終投票では7人全員が「弱」と回答し,アウトカム全体に対するエビデンスの確実性は弱と判断した。
患者の価値観に関する研究は抽出されなかった。再発率を下げることを重視するか,胎児への安全性を優先するかはばらつきがあると考えられ,最終投票では,7人全員が「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」とした。
ベースラインの乳癌再発リスクや治療開始時の妊娠週数が様々であること,流産となった場合の不利益の大きさを考慮し,初回投票では意見が割れたが,最終投票では化学療法が必要かつ可能な妊婦には,化学療法から望まれる効果のほうが優位と考え,「おそらく介入が優位」6人,「さまざま」1人であった。
費用対効果に関する研究は抽出されなかった。化学療法自体は通常診療で行われるものであり,化学療法中に増加する可能性のある妊婦健診を含めても許容範囲であると考えられた。しかし,リスクと有用性のバランスがベースライン再発リスク,治療開始時の妊娠週数により様々である可能性がある。またがん診療,産科,小児科,NICU等を備えており,妊娠中の化学療法が実施可能で,経験を有する施設は限られ,施設間差があると思われる。以上から最終投票結果はそれぞれ,費用対効果は「介入も比較対照もいずれも優位でない」1人,「おそらく介入が優位」1人,「分からない」5人。容認性は「おそらくはい」7人,実行可能性は「おそらくはい」6人,「さまざま」1人であった。
以上より,本CQの推奨草案は以下とした。
最終投票には投票者12人中7人が投票に参加し,7人が推奨草案を支持した。会議に参加できなかった投票者も会議後議論を踏まえ検討し,投票を行い12/12人(100%)の合意形成となり,採用が決定した。
条件としては,①化学療法を要する乳癌に罹患している,②母体体調・胎児の発育に問題ない妊娠中期・後期である,③アンスラサイクリン系化学療法を用いる,④妊娠中化学療法が実施できる体制が整い(がん治療,産科,小児科,NICU等),経験のある施設で実施する,⑤早産率が高まる可能性について十分な説明をすること等が挙げられた。
NCCNガイドラインでは,1st trimesterでの化学療法は行うべきではない,化学療法を施行する際は腫瘍科と産科の十分な協議のもと行う,妊娠期乳癌に対する最も経験の多い化学療法レジメンはアンスラサイクリン系レジメンである,タキサンについてはデータが乏しいがもし臨床的病状としてタキサンが必要な場合は毎週投与パクリタキセルを推奨する,との記載がある14)。
ESMOガイドラインについても同様の記載となっている15)。
日本乳癌学会『乳癌診療ガイドライン2018年版』薬物療法FQ18では,「妊娠期乳癌に対して薬物療法は勧められるか?」に対し,ステートメントとして,「妊娠前期(0~14週未満)の化学療法は行うべきではない。妊娠中期(14~28週未満)・後期(28週以降)の化学療法は,長期の安全性は確立されていないが,必要と判断される場合は考慮してもよい」と記載されている16)。
現在の標準治療の一つであるタキサン系薬剤についての胎児,母体への影響については,少数例の後方視的報告しかなく今度のエビデンスの蓄積が必要である。また在胎期に化学療法を受けた児の長期的な影響モニタリングが必要である。
本CQでは,反映すべき指摘はなかった。