若年世代の乳癌患者にとって治療後の妊孕性は重要な課題であり,5~10年間の術後内分泌療法は人生計画にかかわる負担の大きい治療である。術後内分泌療法終了まで妊娠を待機すると,患者の妊孕性は加齢変化とともに低下し,さらに高齢で妊娠した場合,周産期合併症は増加するためさらなるリスクを負うこととなる。しかし,一方で術後内分泌療法中断は再発と乳癌死亡のリスクを上昇させるため,積極的には推奨されない。よって,挙児希望のある乳癌患者にとって,妊娠目的で術後内分泌療法を中断することが安全か,挙児を得た後に中断していた術後内分泌療法を再開することはどの程度乳癌の再発・死亡リスクの減少に貢献できるのか,との課題は乳癌治療計画と人生計画を考えるうえで重要である。
乳癌診断時45歳未満の患者277例の症例集積研究1)では72例(26%)の患者が不妊カウンセリングを受けていた。277例中17例(6%)は,術後薬物療法を開始する前に妊孕性温存療法を施行していた(卵子凍結6例,胚凍結11例)。妊孕性温存を行った17例中2例(12%)は妊娠目的にタモキシフェン治療を2年後に中断したが,2例とも乳癌が再発していた。このように若年世代の乳癌患者は乳癌治療と妊孕性温存の両立を求める実態がある一方,術後内分泌療法を中断することの是非を慎重に検討する必要がある。
Early Breast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG)の報告では,1~2年のタモキシフェン療法を受けた患者が治療期間5年間を完了するために治療を再開することが有益であることを示唆している2)。この報告から,挙児希望のために術後内分泌療法を短期間で中断した後に再開し,5年間の投与を完了することが許容される可能性がある。しかし,本FQに対する明確なエビデンスはないため,POSITIVE 試験(A study evaluating Pregnancy, disease Outcome and Safety of Interrupting endocrine Therapy for premenopausal women with endocrine responsIVE breast cancer who desire pregnancy,NCT02308085)の結果が待たれる。
社会的要因による妊娠・出産年齢の高齢化に伴い,若年女性が出産計画を終える前に乳癌を発症する例が増加している。不妊はQOLに著しい影響を与えるため,乳癌を発症した若年女性にとって大きな苦痛となり,一定割合の患者においてはその治療決定に影響を与える可能性がある。
これまでの後方視的研究では,乳癌発症後に妊娠しても再発リスクが増加しないことは示唆されているが3),データの信頼性には疑問が残る。近年,乳癌発症後に妊娠を希望する女性では5~10年間の術後内分泌療法により卵巣予備能および妊娠率が著しく低下するため,妊娠を目的とした術後内分泌療法の一時的中断に関する前方視的な研究データが望まれる。
POSITIVE試験は,2014年から開始されている国際共同研究であり,本邦の施設も複数参加している。対象は妊娠を希望するER陽性乳癌の42歳以下の患者で,術後18カ月から30カ月にわたり術後内分泌療法を行った後に3カ月間の休薬期間を経て妊娠を試みた後,2年以内に術後内分泌療法を再開するというものである。主要評価項目は,乳癌無発症期間(BCFI),すなわち研究登録から初回浸潤性乳癌イベント(局所再発,領域再発,または遠隔再発あるいは新規の浸潤性対側性乳癌)発現までの期間である。また,副次評価項目として,①月経回復および月経パターン,②妊娠(妊娠検査により判定),③妊娠転帰:満期産,帝王切開,人工流産,流産,子宮外妊娠,死産,④出生児転帰:早産,低出生体重,出生異常,⑤授乳:授乳パターン(期間,乳房温存術の治療歴がある場合は同側乳房の使用,片側授乳),⑥生殖補助医療(ART)の利用,が評価される。すでに患者の登録は終了し,結果が待たれるところである。
ESMOガイドラインでは,挙児希望の場合は,少なくとも18カ月の術後内分泌療法を行い,POSITIVE試験に参加することが記載されている4)。