乳癌患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療ガイドライン

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妊娠・出産のために術後内分泌療法を行わなかった乳癌患者が,一定期間後に内分泌療法を実施することは推奨されるか?

推奨
妊娠・出産のために術後内分泌療法を行わなかった乳癌患者が,一定期間後に内分泌療法を実施することを条件付きで推奨する。
【推奨のタイプ:当該介入の条件付きの推奨,エビデンスの確実性:弱~中,合意率:100%(12/12)】
推奨の解説:
妊娠・出産のために術後内分泌療法を行わなかった乳癌患者が,一定期間後に内分泌療法を実施することを推奨する。ただし,再発リスクの低い患者や,手術終了から長期間経っている患者に対しての予後改善効果のエビデンスには不確実性があり,その点について十分考慮したうえで実施を検討する。

CQの背景

乳癌術後に再発率低下目的で内分泌療法が推奨される患者(ER and/or PgR陽性)は乳癌全体の70%前後と推測され,通常5~10年の治療期間を要する。閉経前乳癌の内分泌療法で用いられるタモキシフェンには催奇形性が認められていることからタモキシフェン内服中は避妊が必要である【参照】書籍版P187:2)
がん治療が生殖に与える影響
が,治療を完遂するまで妊娠を待機すると妊孕性の低下や高齢出産のリスクが増加する。乳癌術後,近々に挙児希望している場合,内分泌療法を行わず妊娠・出産に挑戦するという選択肢も考慮され得る。

本CQでは,乳癌術後に内分泌療法を行わなかった患者が,遅れて内分泌療法を開始することについて検討する。

アウトカムの設定

本CQでは,術後内分泌療法の適応であるが乳癌術後に内分泌療法を施行せず,妊娠・出産後または妊娠・出産に挑戦した後に内分泌療法を開始する患者と,妊娠・出産後または妊娠・出産に挑戦した後も内分泌療法を開始しなかった患者の2群間で,「無病生存期間」「全生存期間」を評価した。

採用論文

二次スクリーニングに採用された論文は5編であり,うち内分泌療法の中断を対象とした観察研究3編1)~3)とその他1編4)を除き,一定期間後に内分泌療法を開始または非実施という設定はRCT1編であった(TAM-02 trial)5)。このRCTの対象は,「妊娠・出産のために」術後内分泌療法を施行しなかった症例ではない。また「原発乳癌で手術,放射線療法,化学療法のいずれかを施行しており,かつ内分泌療法が施行されていない症例で,最終治療後2年以上経過した症例」であり,本CQと背景は異なる。しかし,内分泌療法未施行例で一定期間後に内分泌療法(タモキシフェン)を実施していることから本CQの評価は可能であると判断した。

アウトカム毎のシステマティックレビューの結果

1)無病生存期間(DFS)

1編のRCT5)では,10年後解析結果で,全患者において内分泌療法を施行した群で有意なDFSの延長(対照75%,介入83%,p=0.01)が確認された。またサブグループ解析でも,リンパ節転移陽性例(対照63%,介入75%,p=0.008)/ER陽性例(対照73%,介入84%,
p=0.01)/PgR陽性例(対照71%,介入82%,p=0.01)で有意差をもって,内分泌療法を施行した群で有意なDFSの延長が確認された。研究の異質性,研究数は少ないがRCTであることからエビデンスの確実性は中とした。

2)全生存期間(OS)

1編のRCT5)では,10年後の解析結果で,全患者においてOSに有意差はみられなかった(対照78%,介入83%,p=0.15)。ただし,サブグループ解析ではリンパ節転移陽性例(対照66%,介入80%,p=0.02)/ER陽性例(対照73%,介入87%,p=0.001)/PgR陽性例(対照73%,介入86%,p=0.0001)で,術後内分泌療法を施行した群で有意なOS延長が確認された。研究の異質性,研究数は少ないがRCTであることからエビデンスの確実性は弱とした。

システマティックレビューのまとめ

1編のRCT5)から,

  • 無病生存期間(DFS)
  • 全生存期間(OS)

の2つのアウトカムについて検討した。

益:10年後解析結果では,全患者において内分泌療法を施行した群で有意なDFSの延長が示された。サブグループ解析では,リンパ節転移陽性例/ER陽性例/PgR陽性例において内分泌療法を施行した群で有意なDFS,OSの延長が認められた。
害:一定期間後の内分泌療法施行による,DFS,OSでの不利益は認められなかった。ただし対象として閉経前後の症例が混在しER陰性症例も含有していたこと,介入において,本邦での標準使用量がタモキシフェン20㎎/日に対し30㎎/日の標準設定で高容量であったことに注意が必要である。

推奨決定会議の結果

ガイドライン作成委員は,乳癌治療医4人,産婦人科医4人,看護師・倫理・医療統計・患者各々1人ずつの合計12人であった。申告の結果,経済的・アカデミック両者のCOIによる申告の影響はないと判断した。事前に資料を供覧し,委員全員の各々の意見を提示したうえで,議論および投票を行った。

1)アウトカムの解釈について

本来内分泌療法が適応である乳癌患者が妊娠・出産のために術後内分泌療法の開始を遅延させることに関する問題は,「優先される事項である」との意見で一致した(「おそらく優先事項である」2人,「優先事項である」4人)。

望ましい効果については,RCTで内分泌療法開始によるDFSの有意な延長,内分泌療法の対象であるホルモン受容体陽性患者では有意なOS延長が認められていることから,6人中5人が「大きい」と回答した(1人は「中」)。望ましくない効果については,内分泌療法開始による不利益についての報告がみられず,「わずか」との意見で全員一致した。ただし本CQのアウトカムには含まれていないが内分泌療法による有害事象が内分泌療法での望ましくない効果に含まれるのではないかという意見もあった。

2)アウトカム全般に対するエビデンスの確実性はどうか

アウトカム全体のエビデンスについては初回の投票時は6人が「中」程度,3人が「弱」,1人が「非常に弱い」と判断した。エビデンスにRCTがあるものの1編だけであること,対象の設定が本CQと異なることについて議論された。以上より最終投票を行い,アウトカム全体に対するエビデンスの確実性は弱~中と判断した(「弱」3人,「中」3人)。

3)患者の価値観や意向はどうか

患者の価値観に関する研究は抽出されなかった。術後一定期間を経てからの内分泌療法開始については,予後を改善するなら期間があいていても実施するという患者と,授乳ができなくなる等の理由で希望しない患者との間で価値観のばらつきが生じているという指摘があり,6人中5人が「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」と回答した(1人は「ばらつきはおそらくなし」)。ただし日常臨床では内分泌療法の開始を希望しなかったことを後悔している患者もいるため,本CQのような議論が重要であることが言及された。

4)望ましい効果と望ましくない効果のバランス

今回設定されたアウトカムでは,対象の設定にずれがあるものの術後一定期間を経てからの内分泌療法開始についてのRCTが存在し望ましい効果が示されていることから,望ましい効果と望ましくない効果のバランスは介入(内分泌療法の実施)のほうが概ね優位との意見で一致した(「おそらく優位」3人,「優位」2人)。

5)コスト資源のバランスはどうか

費用対効果に関する研究は抽出されなかった。タモキシフェンによる術後内分泌療法は日常臨床で費用対効果が認められ通常行われる診療であり,術後一定期間後の開始であってもその望ましい効果が認められていることから,介入(内分泌療法の実施)のほうが費用対効果は概ね優位との意見で一致した(「おそらく優位」4人,「優位」2人)。

術後内分泌療法は日常臨床で通常保険診療で行われており,容認性については妥当,実行可能性についても可能であると全員の意見が一致した。

6)推奨のグレーディング

以上より,本CQの推奨草案は以下とした。

推奨草案:
妊娠・出産のために術後内分泌療法を行わなかった乳癌患者が,一定期間後に内分泌療法を実施することを条件付きで推奨する。

内分泌療法が適応となる乳癌患者に対し,妊娠・出産のため術後一定期間があっても内分泌療法の実施に関して望ましい効果のほうが優位であることを示すRCTがあり,議論に加わった委員全員一致(6/6人,100%)で推奨草案を支持した。会議に参加できなかった投票者も会議後議論を踏まえ検討し,投票を行い12/12人(100%)の合意形成となり,採用に至った。

なお,「強く推奨する」に至らなかった条件については,本CQが術後内分泌療法の速やかな開始を否定するものではないこと,エビデンスの確実性が弱~中程度にとどまることや,再発リスクが非常に低い症例や術後5年以上等,長期間経過している症例には内分泌療法の効果は限定的になる可能性についての意見があった。「一定期間」について追加の議論が行われた。本CQで採用したRCT(TAM-02trial)1)では対象患者を「原発乳癌で手術,放射線療法,化学療法のいずれかを施行しており,かつ内分泌療法が施行されていない症例で,最終治療後2年以上経過した症例」と設定していたのに対し,実際に登録された患者のInterval primary treatmentrandomization中央値は,対照群で58.5カ月(24-165カ月),介入群(タモキシフェン群)で59.3カ月(24-233カ月)であった。Intervalが5年以上の比較では,ホルモン受容体やリンパ節転移の有無にかかわらず,介入群のほうがDFSを有意に改善していた(対照75%,介入87%,p=0.02)。よって,「一定期間」とは,内服開始による有用性が望めるなら最終治療後5年以上でも含まれると考えられる。

関連する診療ガイドラインの記載

NCCN6),ESMO7),ASCO8)の各ガイドラインでは,閉経前ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌の術後内分泌療法として,タモキシフェン投与は5~10年が推奨されている(再発高リスクではアロマターゼ阻害薬と卵巣機能抑制の併用も挙げられている)。しかし開始時期の遅延については,妊娠期乳癌では出産後まで内分泌療法開始を待つべきであること以外に言及されていない。一方で,妊娠・出産に挑戦するためにタモキシフェンの中断を希望する患者では,早期の中断が乳癌の転帰に有害な影響を及ぼす可能性を十分に説明したうえで,タモキシフェンを2~3年内服した後に中断し,出産後に再開することを推奨している7)

今後のモニタリング

今後,術後内分泌療法を妊娠・出産後または妊娠・出産に挑戦した後に開始する群と内分泌療法を全く行わない群での比較試験が行われる可能性は低い。しかし,妊娠による内分泌療法の中断または妊娠・出産に挑戦するために内分泌療法を中断し,妊娠・出産,授乳後に内分泌療法を再開するという国際共同試験としてPOSITIVE試験(Pregnancy Outcome and Safety of Interrupting Therapy for Women With Endocrine Responsive Breast Cancer)9)が進行中であり,挙児希望のある乳癌患者にとって結果が待たれるところである。

外部評価結果の反映

本CQでは,反映すべき指摘はなかった。

参考資料

1)キーワード

英語:
breast cancer,endocrine therapy,delay
患者の希望:
QOL,satisfaction,patient preference,decision conflict,decision aid,regret
経済:
cost,economic burden,financial toxicity

2)参考文献

3)文献検索フローチャート・定性的システマティックレビュー・SRレポートのまとめ