生殖機能温存を希望する患者が手術を先行した場合,術後の抗がん剤治療の開始が必要以上に遅延し,予後が悪化することが懸念される。一方,生殖機能温存を希望する患者が術前化学療法を選択し,化学療法前に採卵を実施した場合も,治療開始の遅延が予後に与える影響が懸念されてきた。若年発症で抗がん剤治療が必要と判断されるような場合には,そもそも不良予後とされており,いずれの場合においても可及的速やかに抗がん剤治療が行われることが望ましい。一方,術前に抗がん剤治療を受けた場合,サブタイプによっては治療による完全奏効が得られることが,その後の良好な予後予測因子となると示されている。生殖機能温存を希望する患者を対象として,抗がん剤治療を行う時期とそのアウトカムについて術前と術後とで比較検討を試みた。
生殖機能温存を希望する患者に対し,術前化学療法を受ける乳癌患者と術後化学療法を受ける乳癌患者において,「生児獲得率」「妊娠率」「月経回復率」「無病生存期間(DFS)」「全生存期間(OS)」「化学療法開始までの期間」をアウトカムとして設定し,システマチックレビューをすべく文献スクリーニングを行った。
生児獲得率,妊娠率,月経回復率,OSについて検討されている報告は認めなかった。
DFSに関しては1編の観察研究があった。しかし,術前化学療法を行った症例を含む妊孕性温存群では妊孕性非温存群と比較しDFSに差がないという結果であり,術前化学療法症例と術後化学療法症例の直接比較ではなかった1)。
化学療法開始までの期間に関して,1編の観察研究があったが,術前化学療法症例と術後化学療法症例の直接の比較ではなかった。術前化学療法を行った症例は妊孕性温存を行わなかった症例と比較して乳癌の診断日から化学療法開始日までの期間に有意差はないという結果だった(38.1±11.3 vs. 39.4±18.5日, P=0.672)2)。
最終的に今回のシステマティックレビューの結果としては,アウトカムを直接的に評価することは困難であったため,CQではなくFQとして扱うこととした。
術後化学療法と異なり,術前化学療法は担がん状態での治療である点で大きく異なる。詳細な検討はCQ6に譲るが,がん治療医が術後化学療法よりも術前化学療法を選択する理由は,妊孕性温存に関する要素よりもがん治療に関する要素のほうが大きい。調節卵巣刺激を用いて術前化学療法を遅滞なく行えたとする報告も認められる3)。がん治療を成功させられれば,温存した妊孕性を活かせる機会にも恵まれる。
術前化学療法と術後化学療法がそれぞれ妊孕性温存を希望する患者に与える様々な影響に関して,前方視的介入研究は困難であることから,今後レジストリ研究等で予後も含めた検討をする必要がある。
ESMOガイドラインや,ドイツのFertiPROTEKTネットワークから出されているレビューでは,抗がん剤治療開始まで2週間猶予があれば調節卵巣刺激を試みることが可能であるが,術前化学療法が選択されるような治療が急がれ2週間確保できない状況においては,調節卵巣刺激ではなく卵巣組織凍結を考慮することとしている4)5)。しかし,術前化学療法と術後化学療法について比較検討した記載はない。