妊孕性温存ができなかった方

女性の患者さんへ

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 がん治療による女性の生殖機能(妊娠する力)への影響は年齢、がんの治療の種類、さらにはその部位などにより、様々な要因により左右されます。その影響は、月経周期が変動する(例えば月経が停止してしまう、あるいはたまにしかない)など、自覚しやすい事もあります。逆に、影響が軽度の場合は軽いホルモン不足の症状など自覚しにくい事もあります。

一番わかりやすい目安は月経が順調にきているか、あるいは不順もしくは月経がない(無月経)という月経周期の変調です。お受けになった治療の影響が、どの程度にご自身の生殖機能に影響するかを理解することが大切です。

1)女性の生殖機能

 女性の生殖機能(排卵が定期的に起こり、妊娠が可能な機能)は、脳の視床下部や下垂体と言われるホルモン中枢から分泌されるホルモンでコントロールされています。卵巣からの卵子が排卵され、卵巣からのホルモンが分泌されます。この卵巣ホルモンは、子宮の内膜に作用し、受精した卵(胚)を受け入れやすくします(着床)。これが妊娠のはじまりです。逆に着床しないと、内膜ははがれて出血し、月経になります。

 思春期以降、卵巣の中の卵子を含んだ卵胞が発育すると、女性ホルモンを分泌します。これが毎月、周期的に起こると排卵し、妊娠する可能性とともに子宮内膜に作用して、月経を起こします。またこれらのホルモンは妊娠の可能性だけではなく、心身の成長や骨の代謝、皮膚や気持ちの変化など、身体の中の様々な所に作用します。

2)がん治療の影響

 ある種類のがん治療は、妊娠する機能やホルモン分泌に影響を与えます。そのダメージは症状がわかりづらい事があります。特に性的機能や、月経などの性腺機能、妊娠するための機能は評価や相談する機会が少なく、その必要なタイミングも異なります。

 卵巣や子宮などの性腺は、単に妊娠するためだけにあるわけではありません。身体の成長や思春期の発来、骨や血管など健康な身体の維持にも影響を及ぼします。治療前に妊孕性温存療法をお受けにならなかった方で、卵巣機能が低下してしまった方は、健康な身体を保ち、長期のライフプランの為にも、長期的な視点のフォローアップが大切です。

 卵巣の中では、年齢とともに卵子が減少し、卵巣ホルモン分泌が徐々に少なくなり、最終的には閉経になります。 通常、女性の閉経は、40代後半または50代前半で月経が自然に終わります。月経周期が乱れ、完全に閉経になるまでの期間は、数か月から数年です。 しかし、がん治療によって卵巣機能が低下し、治療の直後または、数年後に、一般の年齢より早く閉経となる場合があります。

 また妊娠するための機能自体も、がん治療を受けた年代によって様々です。しかし、その影響は不可逆的、つまり時間がたてば改善することはありません。まずは主治医にそのリスクと影響について相談してください。そして、リスクがある人は泌尿器科や産婦人科医で評価してください。

 あなたの受けた治療と現在の状況、今後のフォローの仕方を知ることは、健康な長い人生を送る上で重要です。

3)どの様に観察すべきか

 がんの治療は、生殖機能に関わる様々な器官、例えば脳内のホルモン中枢、卵巣、子宮などに、影響を及ぼす可能性があります。しかし、その治療の内容や期間、治療を受けた年齢により、脳や卵巣、子宮など妊娠やホルモン分泌に対する影響の大きさが異なります。ご自身の治療内容を主治医から聞いて、その治療が長い経過の中で、どの様な影響があるのか確認してください。

症状:月経サイクル、つまり月経が順調にあるか、不順になったかという月経周期や、いままでになかった日常の症状の出現は重要ポイントになります。

 また、卵巣機能が低下してくると、年齢に関わらず閉経の症状と徴候が出てくることがあります。以下にあげる症状があると思われる場合は、主治医もしくは産婦人科医に相談してください。 症状を緩和する治療法があります。

  • ほてり、ホットフラッシュ:突然暑くなり、汗をかいたりします。 特に顔、上半身に暑さを感じ、これらは通常、数分で消えます。寝汗がひどくなることもあります。
  • 膣の乾燥、かゆみやおりもの
  • 性交痛、またはその他の変化
  • 骨密度の低下、骨粗鬆症と呼ばれる状態
  • 頻尿、排尿をがまんすることが難しい、または漏れるなどの排尿コントロールの問題
  • 尿路感染症
  • 抑うつ気分、不安、イライラする、気分の落ち込み
  • 睡眠障害

 がん治療により卵巣機能がダメージをうけた結果、ホルモンレベルが低下すると上に上げた様な諸症状が出現します。性腺機能に影響のある治療を受けた人は、主治医とその影響についてよく相談し、フォローアップとして定期的な検査を受けましょう。また思春期前の小児期に治療をお受けになった場合は、身長や発達などのその他の身体の発達の観察も重要です。

血液検査:卵巣からの女性ホルモンが充分分泌されているか、低下しているかは採血をして簡単に調べることができます。脳から卵巣へ向けてのホルモン(性腺刺激ホルモン)と、卵巣から分泌されるホルモンを測ることで、その機能を知ることができます。

4)どんな治療があるのか

ホルモン補充療法(HRT)
前述したホットフラッシュや発汗などの症状は、卵巣から分泌されるエストロゲンという女性ホルモン不足により起こります。ホルモン補充をすることでこれらの症状は改善することができます。

主に卵巣ホルモンであるエストロゲンを補充します。その方法は内服薬、皮膚に貼付するパッチ剤、ジェルで、または膣内薬と様々です。いずれの薬の使用法でも、卵巣が分泌するエストロゲンと同じように機能します。これらの治療方法はホルモン補充療法、またはHRTと呼びます。子宮がある場合は、定期的に月経を起こして内膜を肥厚させたままにしないために、定期的に月経をおこさせる必要があります。そのため、エストロゲンとともにプロゲステロンと呼ばれる黄体ホルモンを定期的に内服する必要があります。ホルモン補充療法は症状を改善するだけでなく、骨粗鬆症の予防にも有効です。

しかし、一部の方には、このホルモン補充療法が勧められない場合があります。重度の活動性肝疾患、現在の乳癌とその既往、現在の子宮内膜癌、低悪性度子宮内膜間質肉腫、原因不明の不正性器出血、妊娠が疑われる場合、急性血栓性静脈炎または静脈血栓塞栓症とその既往、心筋梗塞および冠動脈に動脈硬化性病変の既往、脳卒中の既往 などです。

ホルモン療法のリスクと利点は、人によって異なります。その人にとってホルモン補充療法が適切かどうか相談してください。


その他の対症療法
<ホットフラッシュ>

漢方療法
適度な運動
体重コントロール
カウンセリング
<骨粗鬆症>

運動(毎日20〜30分間程度歩く程度)
健康的な体重を維持
カルシウム、ビタミンDの摂取
日光浴
 必要に応じて、骨密度検査を行います。腰と脊椎の骨の密度をレントゲンで測定します。 骨粗鬆症がある場合、または骨粗鬆症になる可能性がある場合は、骨を強化するため治療薬の服用を必要とする場合もあります。

<卵子凍結、受精の凍結>

 がん治療によって卵子の数が低下し、治療の直後または、数年後に一般の年齢より早く閉経となる場合があります。 その様なことが予想される場合は、将来の妊娠に備えて卵子や受精卵の凍結が可能な場合があります。これは、がんの種類、治療後の体調やがん治療を受けた後からの期間などにより、その卵巣刺激の方法や採卵(卵子を採取する)が可能であるかは異なります。将来の妊娠への希望がある方は、主治医もしくは、生殖医にその必要性や方法を相談してください。

東京慈恵会医科大学 産婦人科学講座
楠原 淳子

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