センチネルリンパ節生検(sentinel lymph node biopsy;SLNB)術は臨床的にリンパ節に転移を認めない早期乳癌に対する局所治療としての標準的手術術式である。腋窩郭清に比較し,リンパ浮腫,術後の上肢運動制限および知覚異常等の有害事象が少なく,QOLの向上に寄与する縮小手術と位置づけられている。本術式を実施するには,センチネルリンパ節(SLN)のマーキングに放射性同位元素(ラジオアイソトープ:RI)もしくは色素をトレーサーとして使用する。
妊娠中に早期乳癌に対する手術を行う場合,SLNBの有用性,安全性とリスクについて議論,推奨を提示することで,術式選択として大きな助けになることが期待される。
本CQでは妊娠中の乳癌患者を対象として,色素やRIを用いてSLNB手術を行う(以下,SLNBを行う)ことを介入,SLNB手術を行わずに従来の標準術式である腋窩郭清を行う(以下,腋窩郭清を行う)ことを比較として,「偽陰性率」「早産率」「流産率」「奇形合併率」について評価した。
妊娠期乳癌患者におけるSLNB施行の報告として,症例集積5編を採用した。
5編の症例集積報告のうち,偽陰性率の報告は2編である。Gropperらの報告では25例中1例でnon-SLNに転移が認められている1)。Hanの報告では145例でSLNBを行い,1例でSLNが同定できず,また1例で患側の腋窩リンパ節再発(観察期間48カ月)が認められている2)。比較対象がないこと,RIもしくは色素のトレーサーが多様であること,研究の異質性,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であることからエビデンスの確実性は非常に弱いとした。
5編の症例集積報告ではイベント発生率は0.5%(1/179症例)であった1)~5)。この1例は妊娠21週で診断された胎児の心室中隔欠損に対する医学的介入として妊娠34週で出産となっている。SLNBは妊娠26週で施行されており,因果関係は低い3)。比較対象がないこと,RIもしくは色素のトレーサーが多様であること,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であることからエビデンスの確実性は非常に弱いとした。
5編の症例集積報告ではイベント発生率は4.2%(8/187症例)であった1)~5)。SLNB施行症例の流産2例,中絶6例が報告されているが,原因は不明であり,本術式との因果関係は判断できない2)4)。比較対象がないこと,RIもしくは色素のトレーサーが多様であること,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であることからエビデンスの確実性は非常に弱いとした。
5編の症例集積報告ではイベント発生率は1.0%(2/186症例)であった1)~5)。1例は手術施行時にはすでに診断されていた心室中隔欠損症である3)。もう1例は口蓋裂であるが,母体に口蓋裂に対するリスク因子が報告されている1)。本術式との因果関係は記述されていない。比較対象がないこと,RIもしくは色素のトレーサーが多様であること,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であることからエビデンスの確実性は非常に弱いとした。
症例集積研究5編の報告から,
の4つのアウトカムについて検討した。
すべての報告において比較対照(このCQの場合,妊娠期乳癌でSLNBを非施行群=腋窩郭清を行う)がないため,単一群でのアウトカム評価となる。注意点としてSLNB施行におけるトレーサーについては色素(イソスルファンブルー,メチレンブルー,用いた色素が不明等),RI,併用等が混在しており背景にばらつきがみられる。
益: | アウトカム評価は偽陰性率,早産率,流産率,奇形合併率の4項目であり,いずれも益を問うものではなく,害はないかという視点である。腋窩郭清と比較したSLNBの益については,非妊娠期乳癌症例における検討で示されており,今回,妊娠期においても益は共通であるという前提が討議のうえ,確認された。 |
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害: | 偽陰性率の報告は2編である。妊娠期乳癌患者におけるSLNBは偽陰性率が上昇するという報告はなかった。早産の報告については,児の心室中隔欠損のため34週で医学的介入により出産した1例のみであり,SLNB手術との関連は低い。流産率については,6例の妊娠中断(1例は児にtrisomiy21の診断があり選択的中断,1例で手術時に妊娠が判明し化学療法施行目的に選択的中断,他は原因不明),2例の流産の報告があったが,SLNBの方法については記載はなかった。奇形合併率についても,妊娠期乳癌患者におけるSLNBは奇形合併率が上昇するという報告はなかった。今回検討した4つのアウトカムいずれにおいても,妊娠期乳癌患者におけるSLNBは害となる可能性は低いと考えられる。 |
ガイドライン作成委員は,乳癌治療医4人,産婦人科医4人,看護師・倫理・医療統計・患者各々1人ずつの合計12人であった。申告の結果,経済的・アカデミック両者のCOIによる申告の影響はないと判断した。事前に資料を供覧し,委員全員の各々の意見を提示したうえで,議論および投票を行った。
今回の検討では,偽陰性率,早産率,流産率,奇形合併率の4項目がアウトカムに設定されていた。これらはいずれも安全性,腋窩郭清手術に対する精度の非劣勢を評価する項目であり,妊娠中の女性に実施しても害はないか,という視点で設定されている。この4項目について,SLNBを行う群と腋窩郭清を実施した群を直接比較した研究はなかった。偽陰性率については,妊娠期女性におけるデータと,非妊娠期女性における標準的データとの比較検討が妥当であると考えられた。早産率,流産率,奇形合併率については,手術手技に起因する可能性はSLNB,腋窩郭清ともに同等であり,使用する色素もしくはRIのトレーサーに起因する可能性を検討すべきとの意見があったが,症例数,イベント数は少なく,評価困難であると考えられた。早産率,流産率,奇形合併率については,非担がん症例における一般的なデータが産婦人科医師より提示され,これらについて議論を行った。望ましくない効果について,6人が投票に参加し,「小さい」が1人,「わずか」が4人,「さまざま」が1人であった。
今回のアウトカム設定において,リンパ浮腫発症率,疼痛,上肢挙上制限等,腋窩郭清との比較において益を評価する項目は設定されていない。SLNBは早期乳癌に対する標準的術式というコンセンサスがすでにあり,その益は妊娠期であるか否かにはよらないと考えるのが相当との共通認識を確認した。また妊娠期乳癌患者のみを対象に,SLNBの妥当性を評価するために腋窩郭清手術のRCT等を行うことは現実的ではないだろうと考えられた。議論の結果,望ましい効果については,7人中5人が「中」程度,1人が「大きい」,1人が「分からない」,と投票した。
アウトカム全体のエビデンスについては投票時は「非常に弱い」が3人,「弱い」が3人であった。エビデンス評価シートに基づき,アウトカム全体に対するエビデンスの確実性は非常に弱いと判断した。
患者の価値観に関する研究は抽出されなかった。
今回評価した偽陰性率,早産率,流産率,奇形合併率の4つの害に関連するアウトカムは,いずれも等しく重視されると考えられた。一方,今回評価されていない腋窩郭清に比較し,SLNB手術による有害事象の軽減である益のアウトカムが価値観に影響を及ぼし得るとする意見もあった。議論の結果,主要なアウトカムをどの程度重要視するかについて,9人が投票を行った。「重要な不確実性またはばらつきあり」が1人,「ばらつきはおそらくなし」は8人であった。
SLNBが臨床的に,リンパ節転移陰性の症例に対する乳癌手術として非妊娠期においては標準術式であり,その益については妊娠期を問わずに共通であるという認識を確認したうえで,議論を行った。今回評価されているアウトカムである偽陰性率,早産率,流産率,奇形合併率のいずれも,妊娠期に実施することで腋窩郭清に比較し,害は増大する可能性は低いと考えられた。しかし症例集積報告のみであり,比較対照研究があるわけではなくエビデンスレベルは高くない。また施行方法は色素法,RI法,併用法等が混在しており,用いるトレーサーについても海外報告では本邦では保険適用のないイソスルファンブルー,メチレンブルーを用いた検討があること,比較的安全性が高いとされるRI法は本邦においては施設制限があるため,実施においては慎重な検討のうえで行うことが望ましいと考えられた。望ましい効果と望ましくない効果のバランスに対する投票では,投票者8人全員が,「おそらくSLNBが腋窩郭清に比較し優位」とした。
費用対効果に関する研究は抽出されなかった。非妊娠期において,SLNBが標準治療と位置づけられている背景には費用対効果も含めていると考えられた。妊娠期においても著しい害の増大はないと考えられている状況において,同等の費用対効果があると想定できると考えられた。費用対効果に対する投票では投票者6人全員が,「おそらくSLNBが腋窩郭清に比較し優位」とした。容認性および実行可能性については,前述のようにRI法に関する施設制限があることを踏まえて議論された。投票者8人全員がSLNBは重要な利害関係者にとって「おそらく妥当な選択肢である」とした。実行可能性については「おそらく,はい」が5人,「はい」が3人であった。
以上より,本CQの推奨草案は以下とした。
最終投票には投票者12人中8人が投票に参加し,8人が推奨草案を支持した。会議に参加できなかった投票者も会議後議論を踏まえ検討し,投票を行い12/12人(100%)の合意形成に至り,「当該介入の条件付きの推奨」を弱く推奨することを12人全員が支持した。今回設定したアウトカムのエビデンスの確実性は非常に弱いと評価した一方で,害の増大は少なく,SLNBの有用性は妊娠期においても同等と評価されたことを反映したものである。妊娠期乳癌に対して安全に手術を施行できるような施設である場合,SLNBは妊娠期乳癌であるという理由だけで避ける必要はないと考えられる。
注意をすべき点としては,使用するトレーサーの選択にある。今回検討した研究では色素法,RI法,併用法が混在していた。RIは,実施に伴う推定胎児被曝量は少なく,トレーサーとしては安全性の観点から推奨される6)~8)。色素法においては海外の報告ではイソスルファンブルーやメチレンブルーを用いた報告が多いが,両者は本邦においてSLNBの同定目的の使用は保険適用ではない。イソスルファンブルーによる重度のアレルギーは0.5~1.1%と報告されており,胎児への安全性が確認されていない9)。メチレンブルーはメトヘモグロビン血症治療薬であり,胎児への安全性が確認されていない。本邦でSLNの同定に適応のある色素トレーサーはインジゴカルミンとインドシアノグリーンがある。非妊娠期の女性を対象に実施された臨床試験ではインジゴカルミンを主とした青色色素によるアレルギーは0.008%と低率であった10)。添付文書では妊婦または妊娠している可能性のある婦人には診断上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与することは「妊娠中の投与に関する安全性は確立していない」とされている。インドシアノグリーンは添付文書では妊婦または妊娠している可能性のある女性には,「診断上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」とされている。
妊娠期乳癌患者に対するSLNBを行う場合には,RI法を用いることが第一に推奨される。RIを用いることができない施設においては,インジゴカルミンもしくはインドシアノグリーンによる色素法も許容されるが,アレルギーの副作用も報告されており,安全性への配慮も含め適切に対応できる施設で行われることが望まれる。
ESMOガイドラインでは,非妊娠期患者に対しSLNBを標準的に実施している施設においては,RI法を用いての実施を妨げるものではない,ただし青色色素の使用は2%程度のアレルギーのリスクがあり,推奨しないとしている11)。
ASCOガイドライン12)13)においては,RI法については胎児被曝量も少なく,安全性の観点から考慮可能ではあるものの,現時点では推奨するに足るデータは不十分なため,推奨しないとしている。
NCCNガイドラインでは,妊娠期乳癌におけるSLNBの感度および特異度に関するデータはなく,適応は個別に判断されるべきであるとしている。またRI法(スズコロイド)は安全と考えられるが,青色色素トレーサーの使用は妊娠期は禁忌としている14)。
妊娠中の乳癌患者に対する手術は,外科,産婦人科,麻酔科,新生児科等の専門診療科の連携が必須であり,現状では限られた施設で行われている。さらにSLNBは,RI使用の施設要件および適切なトレーサーの選択等の配慮を要する。実施の不利益がないかについては,今後も慎重な情報集積とモニタリングの必要がある。
色素法によるアレルギーについて,強調すべきとの指摘があり,当該箇所に追記した。