女性の出産年齢の上昇に伴い,妊娠期に乳癌と診断される症例が増加している。妊娠期乳癌では,妊娠に伴う乳房の変化等の影響により,非妊娠期乳癌と比較して進行した状態で発見される場合も少なくない。
妊娠期乳癌においても乳癌の根治に必要な治療は非妊娠期乳癌と同等であるが,胎児の発育状況や母体の状況に応じて治療の推奨を考慮する必要がある。本CQでは,妊娠期乳癌に対する手術の安全性と推奨の是非について検証する。
本CQでは妊娠期乳癌患者群と非妊娠期乳癌患者群の2群間で手術を施行した際の,「全生存期間(OS)」「無病生存期間(DFI)」と妊娠期乳癌患者群と正常妊娠・出産群の2群間での「奇形合併率」「流産率」「早産率」を評価した。
2000年から2019年の間に掲載された文献の中から検索を行い,検索された284編から29編を二次スクリーニングに採用しそのうち7編を最終評価に採用して5つのアウトカムに関して定性的なシステマティックレビューを行った。
妊娠中に乳癌と診断された症例を非妊娠乳癌症例と比較した3編の症例対照研究ではOSの有意差は認めなかった。
研究の異質性,研究数が少ないこと,すべてが後方視的な症例対照研究であることからエビデンスの確実性は弱とした。
妊娠中に乳癌と診断された症例を非妊娠乳癌症例の対照と比較した報告では,無再発生存期間(RFS),無増悪生存期間(PFS)で有意差がない。DFSを評価した文献は認めなかった。
研究の異質性,研究数が少ないこと,研究内の症例数が少ないこと,すべてが後方視的な症例対照研究であることからエビデンスの確実性は弱とした。
乳癌の治療と奇形合併率に関し評価した3編の症例集積報告を採用し評価した。手術療法の併用の有無についての記載はなく,妊娠期に手術療法をすることで奇形合併率が上昇するエビデンスは認められなかった。
4編の観察研究を採用し評価したが,治療介入に関して詳細が不明であり妊娠中の乳癌患者に手術療法を施行することで流産率が上昇するエビデンスは認められなかった。
早産率を評価した4編では,治療目的の妊娠中断の介入や,対照群と比較がなく妊娠期に外科療法をすることで周産期合併症としての早産率が上昇するエビデンスは認められなかった。
7編のコホート研究から
の5つのアウトカムについて検討した。
システマティックレビューにおいて検索された文献の多くが,研究対象集団は妊娠期に乳癌と診断された症例であり,全例が妊娠期に手術療法を施行されていない等,対象集団の背景にばらつきを認めた。また,妊娠症例の対照群においても非乳癌(正常)妊娠症例,もしくは乳癌既往患者の妊娠症例と比較対照群にもばらつきがあった。また本CQの推奨を検討するには,妊娠期乳癌症例において手術療法を施行しない症例を対照としなければならないのではないかという意見もあったが,そのような文献は検索されなかった。最終的な推奨決定においては手術をしない場合と比べての手術の介入の効果に関して推奨を決定していく必要があると考えられた。
OSを評価している報告はEzzat,Framarino-Dei-Malatesta,Ibrahimの3編1)~3)である。妊娠中に乳癌と診断された症例を非妊娠乳癌症例の対照と比較した3編ではOSで有意差を認めなかった。妊娠中に外科療法を施行した症例においてのOSを検討している報告は1編であるが症例数が少数であった。よって,妊娠期に手術療法をすることに関するOSは対照群と比較して有意差がないとする報告はあるがエビデンスは弱いと判断された。
DFSを評価している報告は認めなかったが,DFSの代替としてRFS,PFSを評価している報告を1編ずつ認めた。妊娠中の乳癌患者28例中26例で手術療法を施行したEzzatの報告1)では,RFSは対照群と比較して有意差がない。Ibrahimの報告3)では対象群72例中手術療法を施行された症例は10例であり,対照群と比較してPFSに有意差がない。以上より妊娠中の乳癌患者に外科療法を施行した場合のRFSまたはPFSについては対照群と比較して有意差は認めなかったが症例数が少なく,エビデンスとしては弱いと考えられた。
妊娠中の乳癌症例における奇形合併率を評価した報告は3編2)4)5)であったが,いずれも症例集積であった。2編における奇形症合併症例は22例中0例,1編は130例中4例であり,いずれも化学療法をした症例であった。外科療法の併用の有無については詳細不明であったため,妊娠期に手術療法をすることで奇形合併率が上昇するエビデンスは認められなかった。
流産率の報告は4編4)~7)だが,すべて症例集積であった。2編で流産症例が0例であり,他2編では130例中6例(4.6%)4),14例中5例(35.7%)7)だが乳癌治療のための医学的な処置で誘発された流産であるか等の詳細は不明であった。症例数も少なく,本検討から,妊娠中の乳癌患者に手術療法を施行することで流産率が上昇するエビデンスは認められないと判断した。
早産率を評価した3編はいずれも対照と比較して上昇すると報告されていたが,3編の早産は乳癌治療目的に妊娠の早期中断をするために介入した分娩誘発による(総合判断による)早産であった。1編で周産期合併症として早産を報告しているが対照群との比較検定を行っておらず,妊娠期に手術療法をすることで周産期合併症としての早産率が上昇するエビデンスは認められなかった。
益: | 妊娠中の手術においても非妊娠期と同等の治療成績が得られる。 |
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害: | 奇形合併率,流産率,早産率の上昇するエビデンスは認めなかった。 |
ガイドライン作成委員は,乳癌治療医4人,産婦人科医4人,看護師・倫理・医療統計・患者各々1人ずつの合計12人であった。申告の結果,経済的・アカデミック両者のCOIによる申告の影響はないと判断した。事前に資料を供覧し,委員全員の各々の意見を提示したうえで,議論および投票を行った。
“妊娠中の乳癌患者に手術が推奨されるか?”という問題が重要な問題であるという点に関しては委員の中での見識の違いはなかった。しかし妊娠中の手術による“望ましい効果”,“望ましくない効果”に関しては比較対照を何に置くのかによって大きく変わるであろうとの見解で一致した。対照を今回のシステマティックレビュー通り“非妊娠期乳癌患者”に置いた場合には,妊娠中に手術を行うことで対照群が手術を受けるときよりも望ましい効果が得られる事象は考えにくく,また妊娠中の手術全般に関するデータからは妊娠中の手術ではわずかではあるものの早産,流産等,望ましくないアウトカムの上昇が知られているため,妊娠中の手術は非妊娠中の手術より好ましくないとの結論に行きつくと考えられた。
対して現状の医療において,妊娠中の乳癌手術は必要がある際には施行されており,妊娠中の手術可能乳癌患者における“手術”の是非を問うのであれば,比較対照は“手術をせずに経過観察を行う”あるいは“手術の代わりに薬物療法を行う”等に置くのが妥当であろうという意見であった。文献検索の結果からは,“手術を行わずに経過観察を行った群”との比較のデータは存在せず,エビデンスベースでの推奨決定は難しいと思われ,実臨床における状況を加味したうえで推奨を決定していく必要があるとの意見で合意した。
前途のようにこのCQに関しては適切な対照設定が難しく,“手術をせずに経過観察を行う群”と“妊娠中でも手術を受ける群”を比較した場合には,前者のデータは認めなかった。システマティックレビューの採用文献の多くは非妊娠中乳癌患者との症例対照研究のデータがエビデンスとなったが,治療背景のばらつきや非直接性は大きくエビデンスの確実性は低いと判断される要因となった。
妊娠中に乳癌手術を受けた患者のデータは存在したが,その中には治療のために堕胎あるいは人工的に早産を促したケースが含まれるため,手術そのものによる望ましくないアウトカムの評価は難しいと判断された。ただし乳癌治療における望ましいアウトカム(OS,RFS,PFS)に関しては,非妊娠期の乳癌症例と比較して劣る報告は認めず,手術による相応の治療効果は期待できると考えられた。
以上より,アウトカム全体のエビデンスについては「非常に弱い」と回答した委員が2人,「弱」と回答した委員が5人であった。
患者の価値観に関する研究は抽出されなかったが,本CQの主要アウトカムである“妊娠の安全性”と“乳癌の治療効果”に関しては,患者毎にその重要度のばらつきが「おそらくあり」と回答した委員が6人,「おそらくなし」と回答した委員が1人であった。
本来のシステマティックレビュー通り非妊娠期乳癌患者を比較対照とした手術の介入であるとすれば,妊娠期より非妊娠期の手術のほうが好ましいため比較対照が優位となるが,比較対照が“手術をせずに経過観察を行う”であれば手術による治療効果が見込めるため,介入が優位となるという観点から,「おそらく介入が優位」と回答した委員が3人,「比較対照がおそらく優位」と回答した委員が3人,「分からない」と回答した委員が1人であった。
費用対効果に関する論文は研究されなかった。妊娠中の乳癌手術では非妊娠期の手術と比べるとモニター管理や胎児の超音波検査が追加され,施設によっては入院期間が長くなる等,追加の費用負担が生じることが論じられたが,医療にかかるコストの大幅な上昇はないとの意見で一致した。ただし施行可能な施設に関しては,乳腺外科,産科,腫瘍内科,麻酔科,新生児科等々専門診療科との連携が必要であるため,限られた施設においてのみ施行可能であると考えられた。
以上より,“妊娠中の乳癌患者に手術が推奨されるか?”について現状の治療ガイドラインや実臨床での状況を鑑み,比較対照を“手術を行わずに経過観察を行う”としたときに,以下のような推奨草案とした。
最終投票には投票者12人中7人が参加し,7人が推奨草案を支持した。会議に参加できなかった投票者も会議後議論を踏まえ検討し,投票を行い12/12人(100%)の合意形成となり,採用に至った。具体的な条件としては,①手術が妥当である進行度の乳癌である,②母体が手術を許容できる状況である,③妊婦に対する手術を行える医療施設であること等が挙げられた。
NCCNガイドラインにおいては乳癌と診断された時点の妊娠期を第1~3三半期に区分しそれぞれの妊娠期における治療推奨が示されている8)。
第1三半期で妊娠継続を希望する場合には,化学療法,放射線治療の介入が望ましくないことから,乳房全切除と腋窩リンパ節のステージングを行った後,必要があれば第2三半期以降に化学療法を,出産後に放射線照射,術後内分泌療法を行うことが推奨されているが,第1三半期では流産リスクも高まるため,害と益とのバランスを母体や胎児の状況,乳癌の状況等をもとに個々に評価することが重要である。
第2三半期から早期の第3三半期では手術のオプションとして乳房全切除の他,乳房温存手術も選択肢の中に入れられ,また術前化学療法を行うことが妥当な症例においてはドキソルビシン,シクロホスファミド,フルオロウラシル等を組み合わせた術前化学療法も選択肢の一つに加えられている。
晩期の第3三半期では出産までの期間を鑑み手術(乳房全切除あるいは乳房温存術と腋窩リンパ節のステージング)を行うことが推奨されている。
妊娠中の乳癌患者に対する根治手術には乳腺外科,産婦人科,麻酔科,新生児科等の専門診療科の連携が必須であり,現状では限られた施設で行われていると思われる。術前の評価から術後合併症の管理までを含めた治療プロセスの検証のため,情報を集約して集積していく必要があると思われた。
本CQでは,反映すべき指摘はなかった。