乳癌診療において,乳房温存術後には放射線治療を追加することが強く推奨されているが,妊娠期乳癌に対する放射線治療の安全性については確立していない。本BQでは,妊娠期乳癌に対する放射線治療が胎児に及ぼす影響について検証する。
妊娠中の放射線照射による胎児への影響は,①胎児死亡,②催奇形性,③胎児発育異常や早産・精神発達遅滞,④二次発がん,という4つのカテゴリーに分類される。妊娠3~8週には0.1~0.2 Gyの胎児被曝で催奇形性が起こり得る。また,妊娠8~25週に0.1~0.9 Gyを超える胎児被曝があると精神発達遅滞を認めることがある。妊娠後期では,適切な遮蔽を行ったとしても胎児の成長に伴って横隔膜は上昇し,胎児が乳房照射野に近接するため被曝量も増加する。そのため,胎児死亡や出生後の発がんを誘発する可能性が指摘されている。
乳房温存術後に体外照射を行った場合も,妊娠週数の増加に伴って胎児被曝量は増加していく。Mazonakisらは,ファントムを胎児に見立てて妊娠初期・中期・後期に胎児が曝露される放射線量を計算した。温存乳房に対して予定線量50 Gyの接線照射を行うと,胎児曝露線量は妊娠初期で2.1~7.6 cGy,中期で2.2~24.6 cGy,後期では2.2~58.6 cGyと推定され,妊娠後期では器官発生異常が増加する被曝閾値を超えていた1)。
乳房温存術後の放射線照射中に妊娠と診断された2症例の報告では,ファントムを用いて測定した胎児被曝量の実測値は3.9~4.0cGyであった。いずれの症例も放射線照射は妊娠5~6週までに終了し,治療後も妊娠を継続して健常児を分娩している2)3)。Kouvarisらの報告では生後36カ月の時点で発達遅滞等の有害事象は認めていない3)。
術中部分照射(electron beam intraoperative radiotherapy;ELIOT)は,理論的に胎児被曝量を安全域まで減少させることが可能である4)。しかし,妊娠期乳癌に対する臨床応用の報告はなく,現時点では安全性が確認されていないため施行すべきでない。
妊娠期乳癌に対する放射線治療は,妊娠初期・中期であれば適切な遮蔽を行うことで胎児被曝量を減少させることが可能である。しかし,放射線照射が胎児に与える影響については,一部の症例報告を除いて実験から得られた理論的データが報告されているに過ぎない。現時点では胎児被曝の安全性に関する情報が不十分であり,乳癌術後の放射線治療は分娩後に施行することが推奨される。
NCCNガイドラインにおいては,乳癌と診断された時点の妊娠期を第1~3三半期に区分しそれぞれの妊娠期における治療推奨が示されているが,いずれの妊娠期においても放射線治療は推奨されていない。放射線照射を必要とする乳房温存手術を選択する場合は,出産後の照射が推奨されている5)。
また,放射線治療後の妊娠に関しては,国際放射線防護委員会(International Commissionon Radiological Protection;ICRP)より刊行された「ICRP 84 妊娠と医療放射線」に詳しく述べられている6)。一般的に,生殖腺へ照射を受けた場合,その後の妊娠・出産により生まれた児にがんや奇形が増加するという報告は今までに示されていない。また,原爆被爆生存者の子や孫を対象にした研究や,放射線治療を受けた小児がんの生存者に対する研究においても,子孫に対する遺伝的影響は示されていない。そのため,放射線治療後の妊娠の時期については,放射線による遺伝的影響を考慮するというよりむしろ,がんの再発のリスクや補助療法の必要性等を考慮して患者と十分に相談する必要がある。