1章と2章では,挙児希望を有する乳癌患者の妊孕性温存とがん治療についてみてきたが,本章では乳癌治療終了後の患者が妊娠を試みる際および周産期に生じる臨床的な疑問を扱う。乳癌治療後に妊娠を希望する場合,必ずしも凍結した卵子や胚を活用せず,自然妊娠を試みることがあるだろう。また,新たに不妊治療としての生殖医療を受ける可能性もある。本章では,CQとして,乳癌治療後の自然妊娠と,不妊治療としての生殖医療の安全性について取り上げた。
さて,乳癌患者が術後に妊娠を希望した場合,再発の有無を確認することは勧められるだろうか? 日本乳癌学会編「乳癌診療ガイドライン2018年版」では,初期治療後,定期診察とマンモグラフィに加えて様々な画像診断を加え慎重なフォローアップを行っても,無症状で見つかる再発病変が増えるものの,生存率が改善しないことから,「基本的に再発リスクの低いStageⅠ・Ⅱ乳癌術後に定期的な全身画像検査を行わないこと」を勧めている1)。より遠隔転移や再発の可能性が高いStageⅢ以上の初発乳癌に対しては,「腫瘍量が少ない時期に,遠隔転移や再発を把握し治療を開始したほうが治療効果やQOLの改善を期待できる」可能性があるとするものの,その科学的根拠は示されておらず,乳癌の予後改善という観点で定期的な全身検索をすることは必須ではない。
しかし遠隔転移が判明した場合,新規薬物の導入により予後は改善しつつあるサブタイプはあるものの2)未だ根治が困難な病態であり,個々の患者において長期生存を予測することは難しい。日本癌治療学会編「小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017年版」では,遠隔転移を伴うStageⅣもしくは再発乳癌の患者の妊孕性温存を勧めていない3)。その理由として,StageⅣもしくは遠隔転移を伴う再発乳癌患者では,「継続的な薬物治療が必要になる場合が多く,妊娠企図から分娩までの十分な時間を確保することが困難」であり,「妊娠・分娩における母体の安全を保障できるものではない」ためとしている。この記述はあくまでも妊孕性温存の適応について論じたものであるが,再発時の治療制限を勘案し,乳癌治療後の妊娠企図時には遠隔転移のスクリーニングを行うことを考慮すべきである。TheEuropean Society of Gynecological Cancerの妊娠期乳癌に関するコンセンサスミーティングでは「ステージングの結果によって,その後の治療が変更される可能性があるならば,ステージングすべきである」としており4),また妊孕性温存に関する総説においても「妊孕性温存を用いて妊娠を試みる前に無再発であることを確認すべきである」と記されている5)。【参照】①がん・生殖医療の実践に向けて
ただし,妊娠前検査で再発を認めていない場合でも,妊娠を試みる間や,妊娠後に再発をきたす可能性は否定できない6)。また,妊娠企図にあたり留意すべきはがんの再発だけではなく,産科的観点から母体の加齢等に伴う出産リスクに配慮する必要がある。European Society ofHuman Reproduction and Embryologyのガイドラインでは,アンスラサイクリン投与歴のある患者での心機能等,妊娠前に母体の健康状態を確認することを推奨している7)。妊娠中の検査や周産期の管理,授乳に関しての臨床的疑問については,本章のBQで扱う。