乳癌患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療ガイドライン

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乳癌治療を終了した乳癌患者が新たに生殖補助医療を受けることは推奨されるか?

推奨
乳癌治療を終了した乳癌患者が新たに生殖補助医療(ART)を受けることは,安全性への不確実性があることを十分理解したうえで,条件付きで許容される。
【推奨のタイプ:当該介入の条件付きの推奨,エビデンスの確実性:弱,合意率:66.7%(8/12)】
推奨の解説:
乳癌治療後の患者に対するARTの安全性に関しては,限られたエビデンスしかなく,不確実性が残る。ただし,乳癌治療後の卵巣機能から自然妊娠の可能性が低い患者や,再発リスクが低いと判断される患者においては,これらの不確実性を理解したうえで提案される。

CQの背景

乳癌患者が治療終了後に妊娠・出産を望むかどうかについては,治療開始前から検討する必要がある項目である。その際,妊娠・出産自体が乳癌の予後にどれだけ影響するのか,乳癌治療歴が児の予後に影響するかということ等も重要な事項であり,治療開始の段階では検討することができないことも多い。また,将来の妊娠・出産の希望については時間を経て価値観が明らかになることも多い。加齢や殺細胞性抗がん剤により妊孕性は低下することが分かっていることから,治療終了後に生殖補助医療(assisted reproductive technology;ART)を新たに受けることのリスクについては治療開始前から知っておきたい内容である。ここでは乳癌治療が終了した乳癌患者が新たにARTを受けることで,乳癌の予後への影響がどの程度であるか主要なアウトカムを比較検討する。そのリスクについて議論・推奨を提示することで,臨床決断の大きな助けになることが期待される。

アウトカムの設定

本CQでは周術期および乳癌治療終了後にARTを行った群とARTを行っていない群間で「無病生存期間(DFS)」「全生存期間(OS)」「エストロゲン(E2)値」「再発率」をアウトカムとした。しかし,DFS,OS,E2値については乳癌治療後に新たにARTを行った患者を対象とした研究がなく,評価不能であった。

採用論文

2000~2019年に掲載された文献を検索した。検索された428編から30編を二次スクリーニングに採用し,そのうち2編を最終評価に採用して4つのアウトカムに関して定性的なシステマティックレビューを行った。

アウトカム毎のシステマティックレビューの結果

1)無病生存期間(DFS)

DFSについて検討されている研究はなかった。

2)全生存期間(OS)

OSについて検討されている研究はなかった。

3)エストロゲン(E2)値

E2値について検討されている研究はなかった。

4)再発率

乳癌治療終了後に体外受精を行った29人と乳癌診断直後に妊孕性温存目的に体外受精を行った8人を含む体外受精施行群37人と,乳癌治療終了後に自然妊娠した自然妊娠群148人(両群は腫瘍径と乳癌診断後からの年数を一致させ,また観察期間に差はなかった)の乳癌再発率を比較した後方視的コホート研究では,乳癌治療終了後に体外受精を行った群で乳癌再発率に上昇はなかった(再発率:体外受精施行群0/37,0% vs. 自然妊娠群36/148,24.8%,p=0.0002)。この報告では,乳癌レジストリー設立初期の腫瘍に関するデータが一部欠損していることと(病期等),乳癌の予後に影響する可能性のある体外受精を行う患者は自然に妊娠した患者より,進行癌が少ない可能性があることや,より健康であった可能性があることを指摘している1)。また,もう1編も後方視的コホート研究で,乳癌治療終了後にARTを行ったART群25人と乳癌治療終了後に自然妊娠をした自然妊娠群173人〔両群は腫瘍に関する特徴のうち,組織Grade以外に差はなかった。Grade3の腫瘍が自然妊娠群に多かった。また,診断時年齢がART群のほうが高かった(ART群33.7歳vs. 自然妊娠群31.4歳,p=0.009)〕の乳癌再発・対側乳癌発症・二次がん発症率を比較しているが,ART群2/25,8% vs. 自然妊娠群28/173,16.2%,p=0.54と有意差はなかった2)。いずれも後方視的コホート研究でありエビデンスレベルは低いが一貫性は認められた。しかし,症例数は少なく,エビデンスの確実性は弱とした。

5)費用

費用対効果について検討された研究はなかった。

システマティックレビューのまとめ

2編の後方視的コホート研究から乳癌治療終了後に新たにARTを行うことで,乳癌の再発率,死亡率の悪化を認めないかを評価すべく,DFS,OS,E2値,乳癌再発率について検討した。

DFS,OS,E2値については乳癌治療後に新たにARTを行った患者を対象とした研究がなく,評価不能であった。

益:乳癌治療後にARTを行うことで,乳癌再発率は上昇しない。
害:DFS,OS,E2値は評価できなかった。

推奨決定会議の結果

ガイドライン作成委員は,乳癌治療医4人,産婦人科医4人,看護師・倫理・医療統計・患者各々1人ずつの合計12人であった。申告の結果,経済的・アカデミック両者のCOIによる申告の影響はないと判断した。事前に資料を供覧し,委員全員の各々の意見を提示したうえで,議論および投票を行った。

1)アウトカムの解釈について

「標準治療終了後にARTを行った場合にどれだけアウトカムに影響するか」ということは優先される重要な問題であるという認識は委員間で一致した(「おそらく優先事項である」4人,「優先事項である」2人)。本CQは,乳癌患者では標準治療後にARTを受けることが予後に影響する可能性があるかもしれないという歴史的な概念に対し,ARTを行うと本当に望ましくないアウトカムが増加するのかどうかを検証するものであることが確認された。

一方で望ましい効果が何なのか(ARTを受けたことによる妊娠率・生児獲得率なのか,ARTに伴う乳癌再発率の上昇等,乳癌への影響)がはっきりせず,不明であることで6人全員が一致した。また望ましくない効果についてはシステマティックレビューの結果,乳癌再発率が上昇しないことから影響は「小さい」とするものが3人,ARTに伴いエストラジオール値の上昇を伴うが,それによって乳癌再発への影響は不明であること等から「分からない」としたものが4人だった。

最終的に自然妊娠による“望ましい効果”は「分からない」と回答した委員が6人,“望ましくない効果”に関しては「小さい」と回答した委員が3人,「分からない」と回答した委員が4人であった。

2)アウトカム全般に対するエビデンスの確実性はどうか

アウトカム全体のエビデンスについてはシステマティックレビューに採用された文献の数および質から,5人が「非常に弱い」,2人が「弱」と判断した。アウトカム全体に対するエビデンスの確実性は弱と判断した。

3)患者の価値観や意向はどうか

患者の乳癌治療後のARTに対する価値観に関して,妊娠率・生児獲得率等のARTを受けたことによって得る結果に重点を置くのか,ARTを受けること自体に重点を置くかは患者によって異なるのではないかと議論となった。最終的にはARTを受けることを希望している患者を前提として,最終投票を行い,「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」1人,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」5人となった。

4)望ましい効果と望ましくない効果のバランス

乳癌治療後にARTを受けることに対しての患者の価値観が,乳癌の予後に影響なく(再発率が上昇することなく)ARTを受けられることなのか,ARTを受けたことにより妊娠率・生児獲得率が上昇することなのかで意見が分かれ,また参照している文献でも語られていないため,最終投票時には7人全員が「分からない」とした。

5)コスト資源のバランスはどうか

費用に関するデータがないことや生児獲得率が分からないため,費用対効果は「分からない」とする意見が出た,また,自然妊娠と比較すると,ARTを受けるより自然妊娠のほうが,費用対効果は優位ではないかとする意見が出た。最終的に7人全員が「分からない」とした。

容認性としてはARTを受けることを希望する患者にとってマイナス要因は小さいため受け入れ可能な選択肢だとする意見と,再発率や費用等,不明な点が多く分からないとする意見が出た。最終的に乳癌治療後にARTを受けることは「おそらく受け入れ可能な選択肢である」5人,「分からない」2人となった。

乳癌治療後にARTを受けることを希望する乳癌患者に対してその希望を容認することは実行可能な選択肢と考えられたが,標準治療終了時点で高い再発リスクの状態である患者も含まれ,「おそらく実効性がある選択肢である」と回答した委員が6人であった。

6)推奨のグレーディング

乳癌の標準治療終了後にARTを受けることは,乳癌再発率に影響はしないとするエビデンスは弱いながら得られたが,ARTを受けたことによる妊娠率や生児獲得率,自然妊娠と比較した場合の妊娠率の差に関するデータやARTを受けた場合の費用の情報がない。また乳癌再発の可能性が高い人には勧められないのではないかとの意見が出た。その結果,推奨するには要件が必要ではないかと議論になった。要件としては「より積極的に子どもが欲しい」「費用負担」「自然妊娠が難しい年齢・卵巣機能」「化療法の既往」が挙げられた。しかし,医学的な条件設定,卵巣機能の評価は難しいとの意見もあった。

以上より,本CQの推奨草案は以下とした。

推奨草案:
乳癌治療が終了した乳癌患者が新たにARTを受けることは,安全性への不確実性があることを十分理解したうえで,条件付きで許容される。

最終投票には投票者12人中7人が投票に参加し,7人中4人(57%)が推奨草案を支持した。なお,投票では「当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨」に2人の委員が支持し,「当該介入に反対する条件付きの推奨」を1人の委員が支持し,ARTを受けた患者が妊娠・出産に至るという点でよいということがいえなかったとする意見であった。会議に参加できなかった投票者も会議後議論を踏まえ検討し,投票を行った結果,「当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨」8人,「当該介入の条件付きの推奨」4人であった。合意率66.7%であったため,再度意見を出し合い投票した結果,「当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨」4人,「当該介入の条件付きの推奨」8人(合意率66.7%)となった。

「当該介入の条件付きの推奨」を支持する意見として,安全性のエビデンスが不足していることを十分説明し理解したうえで,かつARTによる妊娠率や生児獲得率や自然妊娠と比較した場合の妊娠率のデータはないことも理解し,そのうえで患者が希望するのであれば,ARTを受けてもよいのではないかと考えられるという意見となった。一方で「当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨」を支持する意見としては,どのような患者にARTを行うとどれくらい生児獲得が見込めるのかというデータが不足しており医学的に“条件付きの推奨となる対象”が絞り込めない,選択肢として否定されるものではないが妊娠率も乳癌への影響も不確定な状況で医療者側が条件のもとで推奨するのが妥当という根拠が乏しい,という意見が出た。

関連する診療ガイドラインの記載

ESMOガイドラインにおいては,乳癌治療後にARTを受けることは,ホルモン受容体陽性乳癌で特に生存率に注意が必要とし,また調節卵巣刺激をすることは有害で予後に影響するとする報告はないが,データが限られており,今後も研究が必要としている3)

ASCO,FertiPROTEKT,ESHREの妊孕性温存療法に関するガイドラインでは乳癌治療後にARTを受けることに関する記載はなかった。

今後のモニタリング

推奨される標準治療を中断して本介入を行う場合は,さらにリスクや不可実性の説明が必要である。また,乳癌のサブタイプ別の検討が必要と考えられる。

外部評価結果の反映

本CQでは,反映すべき指摘はなかった。

参考資料

1)キーワード

英語:
breast cancer,ART,after treatment
患者の希望:
QOL,satisfaction,patient preference,decision conflict,decision aid,regret
経済:
cost,economic burden,financial toxicity

2)参考文献

3)文献検索フローチャート・定性的システマティックレビュー・SRレポートのまとめ