乳癌患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療ガイドライン

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乳癌経験者が妊娠した場合の周産期管理に,特別な配慮は必要か?

ステートメント
乳癌治療後の妊娠・出産では,母体は心機能に影響のある治療を行った場合,特に心筋症や心臓機能異常を発症した既往がある場合,妊娠中に心筋症や心不全を発症する可能性が高くなる。また早産・低出生体重児(2,500g未満)を出産する可能性が,乳癌治療歴がない場合に比して高くなる。以上から乳癌経験者が妊娠した場合,周産期に特別な配慮が必要である。

BQの背景

悪性腫瘍治療後に妊娠した場合,治療による母体や児への影響は悪性腫瘍の種類や治療内容によって異なり,乳癌治療後に妊娠した際に特に注意する点を解説する。

解説

1)乳癌治療による母体への影響

妊娠中,母体の循環血液量が非妊娠時に比較して最大1.4~1.5倍になり,分娩後には急激に減少するため心血管系に負荷がかかる。そのため,心機能に影響する可能性があるアンスラサイクリン系薬剤投与,胸部放射線治療等を行った場合,心不全兆候や血圧の変動に注意が必要である。

小児期に心機能に影響する薬剤を悪性腫瘍治療のため使用し心筋症を起こした既往がある場合,または症状の有無にかかわらず心筋症の加療中の場合,妊娠中に心筋症を発症する可能性が高くなるという報告1)や,小児期~若年期の間に悪性腫瘍治療のため心機能へ影響する治療(アンスラサイクリン系薬剤等の化学療法,胸部照射等)を行い心機能異常の既往がある場合,3人に1人が妊娠中にうっ血性心不全を発症するという報告もあり2),悪性腫瘍治療のため心機能へ影響する治療を行った場合,妊娠中だけではなく妊娠前から心機能に注意する必要がある。

2)乳癌治療による児への影響

乳癌治療後に妊娠した場合,早産になりやすいことや,低出生体重児(2,500g未満)を出産する可能性が乳癌治療歴のない場合に比して高くなることが複数の文献で報告されている3)~9)[D’Ambrosio V3)らのシステマティックレビューでは,乳癌治療歴がある1,466人とない691,2485人を比較した場合,早産は乳癌治療歴のある人で11.05%,ない人で7.79%〔1.68(95% CI:1.43-1.99)〕,低出生体重児が出生する割合は乳癌治療歴がある人で9.26%,ない人で5.54%〔1.88(95%CI:1.55-2.27)〕だった]。

3)乳癌治療後の妊娠の時期と児への影響

乳癌診断後2年以内または化学療法の既往がある場合8),または化学療法終了後1年以内に妊娠した場合には,放射線治療の有無にかかわらず9),早産,低出生体重児・在胎週数に比して小さい児を出生する可能性が高くなるとの報告がある。乳癌診断・治療によるストレスや化学療法による免疫能の低下が関係するものと考察されている7)。乳癌治療後,どのくらいの時期から妊娠を試みるか,乳癌治療医と話し合っておくことは重要である。

4)乳癌治療と児の先天異常

乳癌治療後に出生した児に先天異常を伴う可能性は,乳癌治療後に出生した児のほうが,がん治療歴がない人より高くなるとする報告はあるが,わずかだった5)

5)乳癌治療後の早産を防ぐには

早産の原因に関する研究は様々なものがあるが,がん治療歴のある場合に早産になった患者を調査したところ,より若い人(25歳未満),妊娠初期に出生前ケア(=prenatal care,医療者による妊娠中の健康的な過ごし方や妊娠に伴う母体の身体的・精神的変化の説明,妊娠中や分娩時に問題が起こりそうにないか産科的リスク因子の評価をする等を行う)を受けていないことが,早産のリスク因子であった10)。海外の文献であり,本邦と医療体制が異なる可能性があるが,乳癌治療後であることは1)2)3)から産科的にリスク因子であると考えられ,妊娠初期の適切な時期に産科を受診し,医療者に正確な治療歴を伝えることが重要である。

参考資料

1)キーワード

英語:
breast cancer,perinatal management
患者の希望:
QOL,satisfaction,patient preference,decision conflict,decision aid,regret
経済:
cost,economic burden,financial toxicity

2)参考文献