乳癌の診断によりエストロゲン感受性〔エストロゲン受容体(estrogen receptor;ER)陽性〕組織が含まれる場合には,術後内分泌療法が行われる。特に閉経前には抗エストロゲン製剤としてERを標的とした治療薬を用いるが,ERは生殖臓器に広く発現しているため,それらの治療により生殖機能異常を引き起こすことがある。本BQでは選択的エストロゲン受容体修飾薬(selective estrogen receptor modulators;SERM)であるタモキシフェンの生殖機能(組織)に対する影響を中心に概説する。
SERMとは,組織によりERへのアゴニスト/アンタゴニスト両作用を示す化合物である。いわゆる第一世代SERMであるタモキシフェンは,1980年代から現在までER陽性の乳癌の標準的内分泌療法として広く使用されており,乳房組織における抗エストロゲン作用を介して無病生存期間と全生存期間の両方を改善することが報告されている1)2)。一方で,子宮に対するエストロゲンアゴニスト作用が最大の問題とされており,タモキシフェンは用量・時間依存性に子宮内膜癌のリスクを上昇させることが報告されている3)~5)。しかし,タモキシフェンによる二次性子宮内膜癌の高リスク因子としては,閉経後・高齢者・肥満・子宮内膜ポリープや子宮内膜増殖症等の既存の子宮内膜病変が抽出されており,妊孕性温存が必要な患者像とは異なる6)~9)。ただし,晩婚化の現代では,閉経期に限りなく近い年代に挙児希望をもつ可能性があるため,タモキシフェン使用前に子宮内膜病変の精査とリスク因子の判別を行うことが望ましい。また,タモキシフェンの有効性を検証した20試験を含むEBCTCGのメタアナリシスによると,タモキシフェン5年内服で子宮内膜癌の罹患リスクは2.40倍に増加することが報告された10)。しかし,年齢との相関があり,実際に妊娠・出産を考慮する年齢(54歳以下)では子宮内膜癌のリスク増加はないため,タモキシフェン内服前に「子宮内膜癌高リスク患者」ではない限り,定期的な子宮体癌検診が子宮内膜癌の早期発見に有効であるというエビデンスがなく,定期的な子宮体癌検診は推奨されないと考えられる。
また,メカニズムははっきりしないが,タモキシフェンの直接的な作用により視床下部-下垂体-卵巣のフィードバック機構の破綻が引き起こされるために月経異常が報告されており,タモキシフェン使用者の60%以上が無月経を経験したと報告している11)12)。つまり,乳癌治療では化学療法による性腺毒性と別にタモキシフェンによる不妊症になる可能性がある。以上のことから,乳癌治療に伴うタモキシフェン使用では,一部の患者に対してタモキシフェンの性腺機能(組織)への直接的な作用が妊孕性温存と逆行する可能性がある13)。
さらに最近,大規模臨床試験(ATLAS試験,aTTom試験)の結果から,ER陽性乳癌に対する術後補助療法が10年の投与が5年間の投与より有効性が高いことが示されている14)15)。このことは,生殖臓器の加齢による妊孕性の低下を意味することでもあり,将来的に挙児希望がある場合には術後内分泌療法開始前の妊孕性温存療法を検討すべきである。なお,タモキシフェン投与によって卵巣過剰刺激状態を呈することが近年報告されており16),タモキシフェン開始には卵巣腫大ならびに卵巣過剰刺激に伴う諸症状に留意する。