乳癌患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療ガイドライン

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術後化学療法を予定している乳癌患者が採卵を行う場合,治療開始までどれくらい間をあけられるか?

ステートメント
乳癌術後に採卵を行うことによる術後化学療法の開始遅延は,治療効果を損なわないために手術から90日以内に開始することが勧められる。

BQの背景

再発リスクの高い乳癌では術後化学療法により再発抑制,全生存期間(OS)の延長が示されている。しかし妊娠を希望している場合,化学療法による卵巣毒性,妊孕性低下が懸念されるため化学療法前の採卵が推奨される。しかし採卵には時間を要するため,その間,化学療法が行えず開始が遅延することが問題となる。本BQでは乳癌患者が採卵を行う場合,術後化学療法を開始するまでにどれくらいの期間,安全にあけることができるかについて解説する。

解説

乳癌術後化学療法の目的は根治術後に潜在的に存在する微小転移を制御することにより,再発を抑制し,完治を目指すことにある。Bonadonnaらは手術単独に比べてCMF(シクロホスファミド+メトトレキサート+フルオロウラシル)療法の有効性を初めて報告した1)。またEarlyBreast Cancer Trialists’ Collaborative Group(EBCTCG)のメタアナリシスでは,CMF療法は手術単独に比べて再発率を24%低下させるとし,乳癌術後化学療法の有用性が示された2)。その後アンスラサイクリン系薬剤,タキサン系薬剤によりさらに再発率の低下,OSの延長が示され,乳癌術後化学療法は標準治療となった2)

妊孕性温存希望の乳癌患者では化学療法による卵巣毒性,妊孕性低下が懸念されるため(BQ3参照),可能であれば採卵を行った後で術後化学療法を行うことが望ましい。しかし,微小転移根絶のためには,理論上術後可及的早期に化学療法を開始すべきであり,臨床的に治療効果を落とすことなく,術後化学療法の開始をどの程度遅らせることができるかについては重要な問題である。

これまでに術後化学療法に関する至適治療開始期間に関する研究としては後方視的研究がほとんどである。後方視的研究はランダム化されていないため,化学療法の開始時期に影響を及ぼす多くの交絡因子が含まれている可能性がある。多くの研究で,既知の予後因子による補正が行われているが,交絡の影響を完全に排除できるわけではない。またこれらの研究は本BQの対象である生殖補助医療を受ける年齢の乳癌患者に限った検討はなされていないこと等に注意が必要である。

これまでに複数の後方視的研究からシステマティックレビューが行われており,Yuらの報告では,4週間の追加遅延により死亡,無病生存イベントリスクがそれぞれ,1.15(95%CI:1.03-1.28)倍,1.16(95%CI:1.01-1.33)倍増加することが示されている3)。また最近の大規模な後方視的研究では,California Cancer Registryを用いた研究がある4)。2005~2010年に登録されたStageⅠ~Ⅲの乳癌患者で術後化学療法を受けた24,843例の解析である。年齢中央値は53歳で,手術から化学療法までの期間中央値は46日であった。化学療法までの期間を31日以内(n=2,432;21.0%),31~60日(n=12,432;50.0%),61~90日(n=4,765;19.2%),91日以上(n=2,422;9.8%)に分類して予後解析が行われた。その結果,OSは31日以内と比較して,31~60日,61~90日では予後に差を認めず,91日以上では有意に予後が不良であった〔HR 1.34(95%CI:1.15-1.57)〕。同様に乳癌特異的生存期間においても91日以上で有意に予後不良であった〔HR 1.27(95%CI:1.05-1.53)〕。またサブタイプ毎での解析ではトリプルネガティブ乳癌において特に,91日以上で予後不良であった〔OS HR1.53(95%CI:1.17-2.00)〕。

以上より,採卵のための術後化学療法の遅延はでき得る限り短くすべきであり,遅くとも術後90日までの開始が妥当と考えられる。特にトリプルネガティブ乳癌患者においては遅延期間を短くすることが望まれる。

参考資料

1)キーワード

英語:
breast cancer,fertility preservation,time to chemotherapy,adjuvant chemotherapy,egg retrieval
患者の希望:
QOL,satisfaction,patient preference,decision conflict,decision aid,regret
経済:
cost,economic burden,financial toxicity

2)参考文献