がん治療前に凍結しておいた胚を移植するには,子宮内膜調整のために女性ホルモン補充を要することがあるが,乳癌患者に対する女性ホルモン補充の安全性についての報告はほとんどない。本項では,乳癌患者の更年期障害に対する女性ホルモン補充療法(HRT)に対する見解を加味し,ホルモン補充周期での胚移植の安全性について検討した。
がん治療前に凍結しておいた卵子や胚を移植するには,子宮内膜を着床に適した状態に準備しておく必要がある。自然排卵周期で移植を行う場合と,エストロゲン製剤とプロゲステロン製剤を使用して内膜を調整する女性ホルモン補充周期に移植する場合がある。乳癌患者に移植を行う際は,可能な限り自然排卵周期による移植を勧めるが,自然排卵を認めない症例については,女性ホルモン補充が必要になってくる。現在のところ,乳癌患者に対して女性ホルモン補充周期に胚移植をした報告は症例報告や症例集積のみであり,女性ホルモン補充を行ったことが乳癌の予後に与える影響に関してはほとんど検討されていない。
乳癌症例に対する乳癌患者の更年期障害に対するHRTは,乳癌の再発リスクを上昇させるため,原則使用しないことが推奨されている1)~5)。また,本邦でHRTに使用されるエストロゲン製剤は,乳癌の既往のある症例に対しては禁忌となっている。一方で,乳癌症例に対してHRTを行った研究のメタアナリシス(n=3,477)によると,乳癌患者において,HRT使用と乳癌再発には関連がなかったとする報告もある6)。
胚移植を行う際は,女性ホルモン補充を開始して少なくとも妊娠判定までの4週間,また,妊娠成立した場合は9~12週間,女性ホルモンを使用することになる。その際,血中エストロゲンは上昇するが,女性ホルモン補充が自然排卵を模して行われることから,エストロゲンの上昇も自然周期とほぼ同程度である。HRTに比較すると胚移植に使用する女性ホルモン補充を単純に比較することはかなり困難であるが,期間が圧倒的に短いという点で,HRTのリスクよりは低いことが予想される。しかしながら,乳癌患者が胚移植を行う際の女性ホルモンの補充が安全かどうかは,今後のさらなる研究を要する。
ASCO,ESMO,FertiPROTEKT,ESHREのガイドラインに本FQに関する記載はない。