乳癌患者の妊娠・出産と生殖医療に関する診療ガイドライン

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挙児希望の乳癌患者に対し,ランダムスタート法での調節卵巣刺激は推奨されるか?

推奨
挙児希望の乳癌患者に対して,治療開始の時期までの猶予がない場合等,限定的な条件のもとで,黄体期からのランダムスタート法での調節卵巣刺激を推奨する。しかし妊娠率や生児獲得率の不確実性から,一般的には卵胞期初期から開始する調節卵巣刺激を推奨する。
【推奨のタイプ:当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨,エビデンスの確実性:中,合意率:83.3%(10/12)】
推奨の解説:
黄体期からのランダムスタート法は卵胞初期から開始する調節卵巣刺激と同等の採卵数,受精率を得られる一方で,妊娠率や生児獲得率に関するエビデンスは限られており不確実性が残る。治療開始時期までに猶予がない場合や,月経不順の患者等では黄体期でのランダムスタート法が提案される。

CQの背景

生殖医療では,患者の身体的・経済的負担軽減のため,一回の採卵でできる限り多くの良好卵子を回収することを目的として,GnRHアゴニスト併用で外因性ゴナドトロピン排卵誘発薬を用いた卵巣刺激や,低刺激と呼ばれる内因性ゴナドトロピンを利用した調節卵巣刺激が行われる。いずれの方法も月経周期を起点として,卵胞期初期に開始する。

一方,妊孕性温存療法では,原疾患の治療スケジュールが決定している状況で,そのスケジュールに支障をきたすことなく妊孕性温存の治療スケジュールを立てなければならない。ランダムスタート法(黄体期)は,月経周期にかかわらず患者が妊孕性温存を希望した時点から採卵に向けた調節卵巣刺激を開始する方法である。

乳癌患者に妊孕性温存目的での採卵をする場合,妊孕性温存完了までに要する時間によりがん治療の遅れが出る可能性がある。本CQでは主治療(化学療法や放射線療法)を開始するまでの期間を短縮することを目的として,通常の卵胞期初期から刺激を開始する調節卵巣刺激法に比べて,卵胞期初期以外で調節卵巣刺激を開始するランダムスタート法について議論し,主要なアウトカムを比較検討し,その有用性とリスクについて評価した結果から推奨を提示した。

アウトカムの設定

本CQでは,9編の症例対照研究1)3)~11)と1編のコホート研究2)から,妊孕性温存する乳癌患者に採卵する目的での調節卵巣刺激開始時期を,卵胞期初期以外(主に黄体期)で開始するランダムスタート法での採卵(介入群)と,卵胞期初期からの調節卵巣刺激での採卵(対照群)の2群間で,「採卵数」「妊娠率」「生児獲得率」「受精率」「手技完了までの期間」「手技による合併症」「費用」をアウトカムに設定し検討した。

益:多い採卵数,高い妊娠率,高い生児獲得率,高い受精率,手技完了までの期間の短縮,手技による合併症なし,費用負担が少ない
害:少ない採卵数,低い妊娠率,低い生児獲得率,低い受精率,手技完了までの期間の延長,手技による合併症あり,費用負担が大きい

採用論文

検索された101編から32編を二次スクリーニングに採用し,そのうち症例対照研究9編,コホート研究1編を最終評価に採用した。アウトカムに関して定性的なシステマティックレビューを行った。

アウトカム毎のシステマティックレビューの結果

1)採卵数

症例対照研究が9編1)3)~5)7)~11),コホート研究2)が1編のみとバイアスリスクは高いが,非一貫性は少なく,結果はある程度信頼できるものと思われる。採卵数は介入群(平均8.7~16.8個)と対照群(平均8.4~14.4個)との間で有意差はなしとの結果で,信頼性ある結論となった。エビデンスの確実性は強とした。

2)妊娠率

妊娠について対照群と比較している報告はなく,妊娠症例数の報告4)のみと症例報告1)の様式をとっており,評価困難ではある。エビデンスの確実性は弱とした。ただし,ランダムスタート法で妊娠率29.7%(11/37例)4)という結果の提示には意義はあると考えられる。

3)生児獲得率

生児獲得率は,乳癌の対照群(妊孕性温存をしなかった群)と直接比較したものはなかったが,乳癌でない同世代女性と比較して凍結胚移植あたりの出産率は差がないとする報告があったが,有用な症例数がないこともあり,結果は信頼性が低かった。エビデンスの確実性は弱とした。妊娠率と同様,ランダムスタート法で生児獲得率57%(12/21例)5)であるという症例報告としての結果の提示に意義はあると思われる。

4)受精率

症例対照研究が3編報告されている1)4)8)。文献毎のバイアスリスクは高いが,受精率は介入群(平均47~64%)と対照群(平均63~77%)で非一貫性はなく,結果はある程度信頼できるものと思われる。エビデンスの確実性は弱とした。

5)手技完了までの期間

症例対照研究が8編1)3)~7)9)11),コホート研究2)が1編のみ報告していた。7編1)~5)7)9)11)は刺激日数で評価し,手技完了までの期間は介入群(平均9.1~12.2日)と対照群(平均9.1~11.5日)と非一貫性があると判断されるため,結果の信頼度は落ちるが,妊孕能温存療法に限らずみると,通常のIVFにおけるランダムスタート法の報告では,刺激日数が長くなるという結果が多いため,手技完了までの期間が若干延びる可能性はある。なお,1編の症例対照研究6)では術前化学療法の開始までの期間を介入群(38.1日)と対照群(39.4日)で比較し有意差はなかった。ランダムスタート法で刺激開始時期が早まることを加味すると,総合的に差はないと考える。エビデンスの確実性は弱とした。

6)手技による合併症

症例対照研究が5編報告していた1)4)~6)9)。合併症に注視した研究がほとんどなく,またその合併症報告数も少ないことから,明らかな害となる合併症はないと判断されるが,合併症に注視した研究がない点からは評価困難と判断せざるを得ない。エビデンスの確実性は弱とした。

7)費用

費用対効果について検討された研究はなかった。エビデンスの確実性は該当論文なしとした。

システマティックレビューのまとめ

症例対照研究9編,コホート研究1編で評価を行い,採卵数は対照群と有意差なしとの結果で,信頼性もある結論となった。その他,妊娠率や生児獲得率等については有用な症例数がないこともあり,結果は信頼性が低かった。手技完了までの期間も結果に非一貫性があると判断されるため,結果の信頼度は落ちるが,妊孕能温存療法に限らずみると,通常のIVFにおけるランダムスタート法の報告では,刺激日数が長くなるという結果が多く,手技完了までの期間が若干延びる可能性は否定できない。しかしながら,ランダムスタート法で刺激開始時期が早まることを加味すると,総合的に手技完了までの期間に差はないと考える。合併症とコストについては扱う研究が極端に少なく,評価困難であった。

益:採卵数は従来の調節卵巣刺激と差なし,合併症発症の頻度も差なし
害:ランダムスタート法では調節卵巣刺激日数が多くなる(がんの診断から妊孕能温存療法,主治療開始までの期間は変わらない可能性あり)。

推奨決定会議の結果

ガイドライン作成委員は,乳癌治療医4人,産婦人科医4人,看護師・倫理・医療統計・患者各々1人ずつの合計12人であった。申告の結果,経済的・アカデミック両者のCOIによる申告の影響はないと判断した。事前に資料を供覧し,委員全員の各々の意見を提示したうえで,議論および投票を行った。

1)アウトカムの解釈について

ランダムスタート法によりがん治療遅延を回避できるかという問いは,生殖医療の期限が限定されている治療前乳癌患者や医療者では関心が高いと考えられ,必要な方法であり,メリットを明らかにすることは重要であるとの意見であった。投票の結果は,6人中「おそらく,はい」2人,「はい」4人で,問題は優先事項として推奨された。

アウトカムに関しては,対象は妊孕性温存する乳癌患者で,採卵することが目的であるため採卵数,妊娠率,生児獲得率,受精率,手技完了までの期間,手技による合併症,費用をアウトカムに設定したことは妥当である。本CQには治療開始までの期間,再発率(無病生存期間 ; DFS),全生存期間(OS)に関するアウトカムはCQ1で論議されるため本CQからは除外されている。しかしながら,妊孕性温存完了までに要する時間によりがん治療の遅れが出る可能性があることから,ランダムスタート法で治療開始までの期間が改善できるか否かも重要な議論項目である。本法の歴史が浅く,治療開始までの期間,DFS,OSについての論議を行うための十分なレビューができなかったので,今後これらのアウトカムについてのデータ集積が求められる。

採卵数は対照群と有意差なしとの結果で,信頼性もある結論となったが,その他,妊娠率や生児獲得率等については有用な症例数がないこともあり,結果は信頼性が低かった。手技完了までの期間も,結果に非一貫性があると判断されるため,結果の信頼度は落ちる。合併症とコストについては扱う研究が極端に少なく,評価困難であった。生児獲得率,手技完了までの期間,手技による合併症,費用に関しても今後のデータ集積が求められる。

予期される望ましい効果の程度に関しては,採卵数は多いとする報告が数編あるものの,妊娠率,生児獲得率,受精率はいずれもエビデンス不足または有意差なしとの結果であり,また研究も症例対照が主たるものなので予期される望ましい効果の程度の判定が困難であった。手技完了までの期間が変わらないのであれば有用性が分からないため評価できないとの意見もみられた。以上より投票の結果は,予期される望ましい効果の程度は6人中「わずか」1人,「小さい」1人,「分からない」4人で,「分からない」が大半を占めた結果となった。

予期される望ましくない効果は,合併症については他の誘発法と差はなく,望ましくない効果はみられないが,排卵誘発薬投与日数が長く,患者の心理的・経済的負担は大きい。また,排卵誘発薬投与日数が長いことで手技完了までの期間が長いのではとの意見や排卵誘発薬の費用も高くなることより,費用対効果評価なしと一致しない結果となることが議論となった。投票の結果は,予期される望ましくない効果の程度は6人中「小さい」5人,「さまざま」1人であった。

2)アウトカム全般に対するエビデンスの確実性はどうか

採卵数・受精率以外はアウトカム全体のいずれもエビデンス不足または有意差なしとの結果であり,また研究も症例対照研究が主たるもので,確実性を評価することが困難であった。以上より投票の結果は,7人中「非常に弱い」1人,「弱」4人,「中」1人,「採用研究なし」1人であった。

3)患者の価値観や意向はどうか

患者の価値観に関する研究は抽出されなかった。

複数のアウトカム中から,ランダムスタート法を選択する患者の重視するアウトカムとしては,手技完了までの期間を重視して選んでいるが,アウトカム全体のいずれもエビデンス不足または有意差なしとの結果であり,価値観を評価することが困難であった。患者の価値観や意向は,患者により治療・妊孕性の優先におそらくばらつきがあり,採卵できたことに満足するか,妊娠・生児獲得まで強く望むか等,どのアウトカムをゴールとするかで価値観や意向は変わる。最も重視されるアウトカムである手技完了までの期間で評価ができない点もあり,投票結果では,7人中「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」4人,「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」3人と評価が大きく割れた。

4)望ましい効果と望ましくない効果のバランス

望ましい効果として期待される採卵数と受精率では,信頼性のある結果で介入と比較に差はないが,「妊娠率」「生児獲得率」に関しては評価困難であった。また,介入で最も期待される望ましい効果として「手技完了までの期間」であるが,ランダムスタート法の報告では,刺激日数が長くなるという結果が多いため,手技完了までの期間が若干延びる可能性はある。刺激日数が長くなるという点では望ましくない効果と考えられ,委員の中には積極的にランダムスタート法で介入すべきかとの疑問が挙がった。しかしながら,ランダムスタート法で刺激開始時期が早まることを加味すると,総合的に差はないと考えるという結果より,望ましくない効果を補う結果と考えられる。

投票結果では,8人中「比較対照がおそらく優位」5人,「介入も比較対照もいずれも優位でない」2人(通常の調節卵巣刺激とリスクは変わらないのであるならば,いずれも有意ではない),「おそらく介入が優位」1人と委員の議論が分かれた。

5)コスト資源のバランスはどうか

費用対効果に関する論文は研究されなかった。議論の過程で採卵数は調節卵巣刺激と同等であるが,投与日数・排卵誘発薬使用量が多い結果となり,調節卵巣刺激過程での排卵誘発薬の費用は明らかに高いという結果が挙がった。その点を踏まえて,費用対効果に関する投票結果では,8人中「比較対照が優位」3人,「比較対照がおそらく優位」3人,「さまざま」1人,「分からない」1人の結果となった。

容認性に関しては,採卵数・受精率に差がなく,妊娠率・生児獲得率に関するアウトカムが不明な点を考えると,第1選択の調節卵巣刺激法として同法を選択する理由がなく,容認性に関する投票結果では,8人中「おそらく,はい」5人,「さまざま」2人,「分からない」1人で容認が有意であった。

実行可能性に関しては,生殖補助医療を行う機関では,容易に実行可能で,投票結果では,7人中「おそらく,はい」2人,「はい」5人であった。

6)推奨のグレーディング

以上より,本CQの推奨草案は以下とした。

推奨草案:
挙児希望の乳癌患者に対して,治療開始の時期までの猶予がない場合等,限定的な条件のもとで,黄体期からのランダムスタート法での調節卵巣刺激を推奨する。しかし妊娠率や生児獲得率の不確実性から,一般的には卵胞期初期から開始する調節卵巣刺激を推奨する。

最終投票には投票者12人中8人が投票に参加した。会議に参加できなかった投票者も会議後議論を踏まえ検討し,投票を行った。結果,「当該介入または比較対照いずれかの条件付き推奨」10人,「当該介入の条件付き推奨」2人であった。合意率83.3%で合意形成となり,採用に至った。

ランダムスタート法は,妊娠率,生児獲得率,手技完了までの期間,手技による合併症,費用手技に関しての報告が少なく,いずれの介入がよいという判断は難しいという意見もあり,今後さらにデータ収集が必要であると考えられた。しかし,ランダムスタート法により,妊孕性温存のために乳癌治療の開始を遅らせないことが可能であることより,乳癌治療の開始を急いでいる場合等,限定的な条件のもとでランダムスタート法での採卵も推奨されると考えられた。

関連する診療ガイドラインの記載

ASCO,ESMO,FertiPROTEKT,ESHREのガイドラインでは,ランダムスタートに関する記載はない。

今後のモニタリング

調節卵巣刺激とランダムスタート法での採卵数,卵子の質の評価・比較について,また,生児獲得率,治療開始までの期間,再発率(無病生存期間),全生存期間について今後さらにデータ収集が必要ある。

外部評価結果の反映

本CQでは,反映すべき指摘はなかった。

参考資料

1)キーワード

英語:
breast cancer,fertility preservation,ovarian stimulation in the luteal phase,random-start
患者の希望:
QOL,satisfaction,patient preference,decision conflict,decision aid,regret
経済:
cost,economic burden,financial toxicity

2)参考文献

3)文献検索フローチャート・定性的システマティックレビュー・SRレポートのまとめ