生殖医療では,より多くの卵子を採取する目的で調節卵巣刺激が用いられる。調節卵巣刺激ではゴナドトロピン製剤を多く使用するが,その影響で血中のエストロゲン値の上昇を伴うことから,ホルモン受容体陽性乳癌の進行に影響を与える可能性があることが懸念されてきた。そのため,乳癌患者には全身性にも局所性にもエストロゲン合成が抑制されるアロマターゼ阻害薬単独あるいは併用で調節卵巣刺激をする方法,あるいはエストロゲン上昇が生理的範囲にとどまる自然周期による方法を用いることが一般的となっている。本CQでは調節卵巣刺激として用いて採卵した場合と自然周期で採卵した場合を比較し生殖医療の成績を評価する。
本CQでは乳癌患者に対し調節卵巣刺激として用いた採卵と,自然周期採卵を比較し,「採卵数」「妊娠率」「生児獲得率」「エストロゲン値の上昇」をアウトカムとして評価した。
本CQの評価にあたり,調節卵巣刺激を用いた場合と,自然周期採卵の場合を,同一研究内で直接比較をしたものはないことから,アウトカムの評価にあたっては,調節卵巣刺激を用いた研究報告と,一般的な自然周期採卵でのデータを間接的に比較し検証した。
8編のコホート研究と6編の症例対照研究,1編の横断研究の合計15編を採択した。益のアウトカムとして採卵数,妊娠率,生児獲得数を,害のアウトカムとしてエストロゲン値の上昇を設定し,すべてのアウトカムに関して定性的なシステマティックレビューを行った。
アロマターゼ阻害薬での調節卵巣刺激による採卵数について報告された8編のコホート研究と4編の症例対照研究,1編の横断研究の合計13編を対象とし検討した。
本アウトカムの評価は,自然周期での採卵数が1つであることを前提に比較を行っている。
調節卵巣刺激としてアロマターゼ阻害薬を用いた場合の採卵数は,報告間で異なるものの平均7~16個程度は採取可能とされていた1)~9)。これはアロマターゼ阻害薬以外の調節卵巣刺激を用いた場合の採卵数と有意差はない。
自然周期採卵との直接比較試験はないものの,自然採卵での採卵数が通常1つであることを考慮すると,調節卵巣刺激を用いることでより多くの卵子を採取可能と判断する。エビデンスの確実性は強いと判断した。
乳癌患者に対し調節卵巣刺激を用いて採卵し,妊娠率の記載があった2編の後方視的コホート研究と,1編の症例集積研究を対象とし検討した。
Pereiraらの報告では,乳癌患者を対象にアロマターゼ阻害薬とゴナドトロピンを併用した調節卵巣刺激群により採卵した群(220人)と,標準的なゴナドトロピンによる誘発で採卵した群(451人)を比較し,最終的な妊娠率はレトロゾール併用群で39.7%,標準群で32.3%と有意な差を認めなかった5)。また,Leeらも同様に,レトロゾール併用のFSH単剤刺激で高FSH群(1日あたりの投与量150~375単位)と,低FSH群(1日あたりの投与量150単位)を比較している。最終的に胚移植を行った患者で妊娠に至った者は低FSH法群で12人(胚移植を行った15人中12人で妊娠。妊娠率80%),高FSH法群で6人(胚移植を行った11人中6人で妊娠。妊娠率55%)と報告している7)。Oktayらの症例集積研究では,レトロゾールによる調節卵巣刺激を用いて胚凍結を行った131人中33人が胚移植を行い,最終的に妊娠に至った者は26人(妊娠率79%)と報告している10)。
自然周期採卵での妊娠率は一般的に移植あたり約20%のため,乳癌患者に調節卵巣刺激を用いて採卵をすることで,妊娠率は自然妊娠と遜色ないことが示唆された。ただし,直接比較したデータではないこと,調節卵巣刺激を用いた採卵法による乳癌患者の妊娠に関するデータは限られていることから,エビデンスの確実性は極めて低いと判断した。
乳癌患者に対し調節卵巣刺激を用いて採卵し,妊娠率の記載があった2編の後方視的コホート研究と,1編の症例集積研究を対象とし検討した。
Pereiraらの報告では,乳癌患者を対象にレトロゾールとゴナドトロピンを併用した調節卵巣刺激群により採卵した群(220人)と,標準的なゴナドトロピンによる誘発で採卵した群(451人)を比較し,最終的な生児獲得率はレトロゾール併用群で32.3%,標準群で29%と有意な差を認めなかった5)。また,Leeらも同様に,レトロゾール併用のFSH単剤刺激で高FSH群(1日あたりの投与量150~375単位)と,低FSH群(1日あたりの投与量150単位)を比較している。最終的に胚移植を行った患者での生児獲得率は低FSH法群で60%(胚移植を行った15人中9人),高FSH法群で18%(胚移植を行った11人中2人)と報告している7)。Oktayらの症例集積研究では,レトロゾールによる調節卵巣刺激を用いて胚凍結を行った131人中33人が胚移植を行い,生児獲得は18人(55%)と報告している10)。
自然周期採卵での生児獲得率は一般的に10~15%のため,乳癌患者に調節卵巣刺激を用いて採卵をすることで,生児獲得率は自然妊娠と同等になることが示唆された。ただし,直接比較したデータではないこと,調節卵巣刺激を用いた採卵法による乳癌患者の生児獲得率に関するデータは限られていることから,エビデンスの確実性は低いと判断した。
乳癌患者の調節卵巣刺激として一般的に用いられているレトロゾールによる誘発法とその他の調節卵巣刺激を用いた誘発法を比較し,エストロゲン値の記載があった5編の後方視的コホート研究,4編の症例対照研究,1編の横断研究を検討した。
いずれの研究においても調節卵巣刺激としてレトロゾールを用いた場合と,それ以外の標準的な薬剤を比較した研究では,レトロゾール群で有意にエストロゲン値の上昇が低いことが報告されている1)3)8)9)11)~15)。報告間に差はあるものの,レトロゾール使用時のエストロゲン値のピークは38010)~6,713 pg/mL3)の範囲に収まっていた。
自然周期採卵でのエストロゲンの上昇は一般的に250pg/mLと報告されている。レトロゾールにより抑制はされるものの,ゴナドトロピン製剤用いて採卵をすることでエストロゲン値は自然周期採卵と比べ上昇することが示唆された。直接比較試験はないものの,エストロゲン値の上昇という結果に関しては研究間での異質性が少なく,エビデンスの確実性は高いと判断した。
8編のコホート研究と6編の症例対照研究,1編の横断研究の合計15編より,
の4つのアウトカムについて検討した。
益: | 調節卵巣刺激を行うことで,採卵数は自然周期採卵と比べ明らかに増えることが分かった。妊娠率,生児獲得率に関してはデータが限られているものの,自然周期採卵と比べ遜色ない結果であることが示唆された。 |
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害: | エストロゲン値の上昇に関しては,調節卵巣刺激の方法としてレトロゾールを選択することで,その他の調節卵巣刺激と比べピーク値を抑えられることが分かった。しかしながら,自然周期採卵と比べると,エストロゲン値上昇を伴うことから,乳癌(特にホルモン受容体陽性乳癌)に対する影響は無視できない可能性が示唆された。 |
ガイドライン作成委員は,乳癌治療医4人,産婦人科医4人,看護師・倫理・医療統計・患者各々1人ずつの合計12人であった。申告の結果,経済的・アカデミック両者のCOIによる申告の影響はないと判断した。事前に資料を供覧し,委員全員の各々の意見を提示したうえで,議論および投票を行った。
本CQで取り扱う,乳癌患者の採卵時に調節卵巣刺激を用いることの妥当性に関する問題は,優先される事項であるとの意見で一致した。
望ましい効果については,「採卵数」「妊娠率」「生児獲得率」を挙げたが,より患者にとって重要なアウトカムは「妊娠率」「生児獲得率」であると考えた。しかしながら,実際に妊娠するためにはより多くの凍結胚や凍結未受精卵が必要となり,直接的ではないものの「採卵数」も重要なアウトカムであると考えた。システマティックレビューの結果では,調節卵巣刺激を用いることでより多くの採卵ができることは確実と判断した。一方,妊娠率,生児獲得率に関してはデータが限られており,必ずしも自然周期採卵と比べ優れているという結果ではなかった。ガイドライン作成委員の投票では望ましい効果が8人中「大きい」1人,「さまざま」4人,「分からない」3人であった。
望ましくない効果として,乳癌の増殖の悪影響を与える可能性のある「エストロゲン値の上昇」を挙げた。システマティックレビューの結果,レトロゾールを用いることでエストゲン上昇を抑制できる可能性があるものの,自然周期採卵と比べるとエストロゲン値の上昇を伴う手技であり,この点が乳癌の再発や予後にどのように影響するかについては不確実性が残った。ガイドライン作成委員の投票では望ましくない効果が9人中「小さい」5人,「さまざま」1人,「分からない」3人であった。本CQで重要なアウトカムには含まれていなかった「乳癌再発リスク」についても,さらなる検証が必要であるとのコメントがあった。
アウトカム全体のエビデンスについては,調節卵巣刺激を用いることで自然周期採卵と比べると,採卵数が増えること,エストロゲン値が上昇することに関しては,エビデンスの確実性が高いが,妊娠率,生児獲得率に関してはまだ不確実性が残るという話し合いが行われた。採卵数,エストロゲン値に上昇のエビデンスの確実性により重きを置いた場合と,妊娠率,生児獲得率の不確実性に重きを置いた場合で,判断が分かれた。最終的な投票ではエビデンスの確実性は8人中「非常に弱い」1人,「弱」6人,「中」1人という回答であり,アウトカム全体に対するエビデンスの確実性は弱と判断した。
患者の価値観に関する研究は抽出されなかった。4編のアウトカムのうち,何をより重要にするかは個々の患者により異なる可能性があるとの意見と,採卵数,妊娠率,生児獲得率等は多くの患者が重要視するアウトカムとしてばらつきは少ないのではないかという意見に分かれた。最終投票では,9人中「重要な不確実性またはばらつきの可能性あり」7人,「重要な不確実性またはばらつきは,おそらくなし」2人であった。
今回設定されたアウトカムでは,調節卵巣刺激を用いることの望ましい効果は「大きい」「さまざま」「分からない」と意見が分かれた。また望ましくない効果に関しても,「小さい」「さまざま」「分からない」と判断された。以上より望ましい効果と望ましくない効果のバランスは9人中「おそらく介入が優位」5人,「介入が優位」1人,「分からない」3人であった。
費用対効果に関する研究は抽出されなかった。生殖医療自体が自費診療であり,調節卵巣刺激を用いた採卵には,施設間差はあるものの平均30万円程度の費用【参照】書籍版P177:
2021年3月から
公的助成ありを要する。がん治療と並行しながら,生殖医療への費用を捻出するのは多くの患者にとっては負担であることが推察された。一方で,がん治療終了後に子どもをもつという望みをつなげる方法でもあり,費用対効果に関しては患者の社会的状況や価値観により異なる可能性がある。以上より費用対効果は9人中「さまざま」3人,「分からない」6人であった。
この選択肢が重要な利害関係者にとって妥当なものかという容認性に関しては,患者や利害関係者の価値観により異なるという意見が出た。最終的な投票では9人中「おそらく,はい(妥当である)」7人,「はい(妥当である)」2人であった。
実行可能性については,生殖医療自体が保険適用外ですべて自費診療となる点に障壁があるものの,手技自体は専門の医療機関で実施が可能であるとの意見だった。最終的な投票では9人中「おそらく,はい(実行可能である)」2人,「はい(実行可能である)」7人であった。
以上より,本CQの推奨草案は以下とした。
最終投票には投票者12人中7人が参加し,6人が推奨草案を支持した。会議に参加できなかった投票者も会議後議論を踏まえ検討し投票を行い,「調節卵巣刺激の条件付きの推奨」8人,「調節卵巣刺激採卵または自然周期採卵のいずれかについての条件付きの推奨」2人,未回答が2人であった。
その理由として,システマティックレビューの望ましい効果である「妊娠率」「生児獲得率」のエビデンスが不確実な点が挙げられていた。その他の投票者からは,「妊娠率」「生児獲得率」のデータは少ないものの,より多く採卵することが将来の妊娠につながる可能性が高まること,その点からは自然周期採卵よりも調節卵巣刺激のほうが優れているという意見が出た。ただし,エストロゲン上昇が与える影響については不確実なため,十分なインフォームドコンセントのうえで行っていく必要があるとの見解であった。
合意率が66.7%であったため,再度全体で意見を出し合い,投票を行った。結果,11人が「調節卵巣刺激の条件付きの推奨」を,1人が「調節卵巣刺激採卵または自然周期採卵のいずれかについての条件付きの推奨」を支持する結果であった。「調節卵巣刺激の条件付きの推奨」に対しては,エストロゲン上昇による乳癌の予後への影響や,生児獲得率が上昇するのかについての不確実性は残るものの,採卵数が増加することは確実性が高く,挙児希望のある乳癌患者にとっては有用性が上回るのではないかという意見が出た。一方で「調節卵巣刺激もしくは自然周期採卵のいずれかについての条件付きの推奨」に対しては,採卵数以外に不確定な要素が多く,特に乳癌に対する影響が否定されていないことが重く,“推奨する”とまではいえないのではないかという意見が出た。
ASCO16)およびESMO17)のガイドラインにおいても,エストロゲン上昇に伴う乳癌再発のリスクが懸念されているものの,アロマターゼ阻害薬による調節卵巣刺激はそれを改善するものではなかと言及されている。また限られたデータではあるものの,アロマターゼ阻害薬による調節卵巣刺激で乳癌再発リスクが上がるというデータは示されていないことが記載されている。
ESHREガイドライン18)19)においても,妊孕性温存の場合にはGnRHアンタゴニスト法による調節卵巣刺激を推奨している。特に,エストロゲン受容体陽性の癌を有する場合にはアロマターゼ阻害薬を使用することが推奨されている。
FeriPROTEKTのガイドライン20)21)では,エストロゲン受容体陽性の乳癌患者に対し調節卵巣刺激を行う際は,よく話し合ったうえで行うべきと言及している。
現在,臨床現場では調節卵巣刺激を用いた採卵を行う乳癌患者が増加傾向にある。
今後,調節卵巣刺激で採卵した場合の妊娠率や生児獲得率については,さらなるデータの蓄積と検証が必要である。またエストロゲン値上昇が乳癌に与える影響についてもさらなる検討を要し,モニタリングしていく必要がある。
システマティックレビューのエビデンスの確実性に関する指摘と,その他のガイドラインでの記載に関する指摘があり,当該箇所を修正・追記した。