乳癌初期治療における手術療法において,腫瘍径等の条件を満たす場合は乳房温存療法(乳房温存手術+放射線療法)の適応となるが,妊娠中は画像診断が不十分になり得ること,放射線照射の時期に工夫が必要なこと等から適応には慎重を要する。妊娠中に乳癌手術を行う場合の術式選択について主要なアウトカムを比較検討し,その有用性とリスクについて議論,推奨を提示することで,臨床決断の補助になることが期待される。
本CQでは妊娠期乳癌患者が妊娠中に手術を行う際,乳房温存術を行う群に対し乳房全切除術を行う群または非妊娠時に乳房温存術を行った群を対照として,「局所再発率」「乳癌無病生存期間(DFI)」「乳癌生存期間(OS)」を評価した。
2編の症例対照研究と1編の症例研究,計3編を採択した。すべてのアウトカムに関して定性的なシステマティックレビューを行った。
1編の症例対照研究と1編の症例研究による定性的システマティックレビューでは,乳房温存術後2年で局所再発なしとする報告1)がある一方で,術後5年間の観察では乳房全切除術と比較し37%,10%と有意に局所再発率が高いとの報告2)もあった。いずれも出産後に手術を行った例を含めての検討であり,研究の異質性,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であることからエビデンスの確実性は非常に弱いとした。
2編の症例対照研究による定性的システマティックレビューでは,非妊娠時に乳房温存術を行った群と比べ3年無病生存率は79.3%,81.7%と治療成績の低下はみられず3),乳房全切除術と比べて5年無病生存率は71%,60%で有意差を認めなかった2)。出産後に手術を行った例が含まれており,研究の異質性,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であることからエビデンスの確実性は非常に弱いとした。
2編の症例対照研究による定性的システマティックレビューでは,非妊娠時に乳房温存術を行った群と比べ3年生存率は87.3%,89%と治療成績の低下はみられず3),乳房全切除術と比べて5年生存率は59%,57%で有意差を認めなかった2)。出産後に手術を行った例が含まれており,研究の異質性,研究数が少ないこと,すべてが観察研究であることからエビデンスの確実性は非常に弱いとした。
2編の症例対照研究と1編の症例研究から,
の3つのアウトカムについて検討した。
益: | 妊娠中の乳房温存療法は,妊娠中に乳房全切除術を行った群および非妊娠時に乳房温存療法を行った群と比較して,DFS,OSに差がないとする報告があった2)3)。 |
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害: | 局所再発に関しては,乳房温存術では乳房全切除術より再発頻度が高いとの報告2)と,術後2年間の追跡では再発症例はなかったとする少数例の報告1)があり,局所再発が乳房全切除術と比較して増加する可能性がある。 |
ガイドライン作成委員は,乳癌治療医4人,産婦人科医4人,看護師・倫理・医療統計・患者各々1人ずつの合計12人であった。申告の結果,経済的・アカデミック両者のCOIによる申告の影響はないと判断した。事前に資料を供覧し,委員全員の各々の意見を提示したうえで,議論および投票を行った。
妊娠期乳癌患者に対する乳房温存療法の是非に関する問題は,優先される事項であるとの意見で一致した(「おそらく優先事項である」3人,「優先事項である」3人)。
望ましい効果については,DFS,OSに差がみられず少なくとも改善効果は認められていないことから,望ましい効果が「小さい」3人,「中」1人とする意見と「分からない」3人とする意見に分かれた。また,今回アウトカムに含まれていなかったが,乳房温存術による整容性や授乳の可能性,温存への患者自身の満足度等も望ましい効果に期待されるのではないかと指摘する意見もあった。
望ましくない効果として,妊娠中の乳房温存術は乳房全切除術と比較して「局所再発率」が高くなる傾向が報告されており,局所再発そのものがOSへ直接及ぼす影響は大きくないとしても,妊娠中に行える画像検査が限定的になる(乳房造影MRIが実施できない等)状況が局所再発増加の一因になり得るとし,望ましくない効果については「中」とする意見で全員が一致した。他に,手術侵襲や術後合併症等についても検討に含めて患者毎の術式の選択が必要であるとする意見もあった。
アウトカム全体のエビデンスについては,初回の投票時は4人が「非常に弱い」,5人が「弱」と判断した。定性的システマティックレビューでのエビデンスの確実性(強さ)ではすべて「非常に弱い」であり,アウトカムにDFS,OSを含むものの採用された論文がいずれも少数例,短期間での観察研究であることが指摘された。以上より最終投票を行い3人が「非常に弱い」,5人が「弱」と回答し,アウトカム全体に対するエビデンスの確実性は弱と判断した。
患者の価値観に関する論文は研究されなかった。非妊娠時における術式の選択には整容性や温存に対する患者の満足度を重視する場面も想定されるが,妊娠期では局所再発率の増加が報告されていることから,整容性よりも根治性を重視する可能性を指摘する意見が大半を占めた。最終投票では,6人が「重要な不確実性またはばらつきはおそらくなし」,2人が「可能性あり」とした。
今回設定されたアウトカムでは,妊娠期乳癌患者に対する乳房温存術の望ましい効果は「小」ないしは「分からない」と回答した委員が大半であり,望ましくない効果は全員一致で「中」と判断された。以上より望ましい効果と望ましくない効果のバランスは妊娠中の乳房温存術と比べ乳房全切除術のほうが「おそらく優位」と回答した委員が6人,「いずれも優位でない」と回答した委員が2人であった。
ただし,妊娠中の全身治療の状況やまもなく出産を控え放射線治療までの期間が短期間である場合等には,一概にどちらが優位ともいえないのではないかとする意見もあった。
費用対効果に関する研究は抽出されなかった。乳房温存術と乳房全切除術を比較したとき,一般的には放射線治療や乳房再建等の費用も含めて考えても日常臨床で許容される範囲内であり,妊娠中であるということが費用へ影響することもないことからいずれの対象も費用対効果において「優位でない」とした回答が5人であった。
一方で,妊娠中の温存術に対する満足度や,温存術のほうが局所再発率は高いとする報告があることから温存術後に局所再発をした場合の追加治療費等まで含めると,費用対効果は乳房全切除術と比較してどちらが優位か「分からない」とした回答が3人であった。
妊娠中の乳房温存療法の容認性については,温存術自体一般的な標準術式であり「おそらく妥当な選択肢である」とする回答で全員一致した。実行可能性については,妊娠期乳癌を受け入れられる施設と受け入れられない施設があるのは事実でありその点は考慮する必要があるが,麻酔科,産婦人科,新生児科等との連携が保障される環境のもとで「おそらく,はい」とする回答で全員一致した。
アウトカムのエビデンス,効果のバランス,費用の他,患者の価値観や出産までの時期(術後照射までの時期)等を鑑みて,妊娠期乳癌患者に対する乳房温存術は「望ましい効果」と「望ましくない効果」のバランスが中程度存在し,乳房温存術による局所再発率の増加は,より根治性を望むであろう妊娠期乳癌患者にとっては「害」のアウトカムとなると考えられる。一方で,限定的ではあるが臨床的に温存術の実施が可能な条件(腫瘍径が小さい,出産後に遅滞なく温存乳房照射が実施可能,等)において,過小診断による局所再発率上昇のリスクについて十分なインフォームドコンセントを得たうえで,温存術の実施は考慮される可能性も示された。
妊娠中は乳房造影MRIが実施できないことから,乳房内の広がり診断が過小診断となる可能性が示唆されている。また乳房自体が妊娠期の変化を伴っており,画像による広がり診断が難しい場合もある。
非妊娠期乳癌では温存乳房照射までの期間が20週以上になる場合は局所制御が低下することが報告されおり4),創部が治癒した時点で術後20週以内での温存乳房照射の開始が推奨されている5)ことを考慮する。
乳房の整容性等の面から温存術を希望する妊娠期乳癌患者においては,過小診断による局所再発率上昇のリスクについて十分なインフォームドコンセントを得たうえで,Aの条件を満たせば温存術の実施は考慮されるものと考える。Aの条件を満たさない場合は原則的に乳房全切除術を推奨するが,許容できず温存術を選択する患者においては,益と害について十分な説明が必須である。
以上より,本CQの推奨草案は以下とした。
推奨草案に対し最終投票を行った。投票者12人中8人が投票に参加し,6人が推奨草案を支持した。会議に参加できなかった投票者も会議後議論を踏まえ検討し,投票を行ったところ,当該介入を行わないことの条件付きの推奨:7人,当該介入または比較対照のいずれかについての推奨:5人という結果(合意率58.3%)であった。再度意見を出し合い,投票した結果,当該介入を行わないことの条件付きの推奨:5人,当該介入または比較対照のいずれかについての推奨:7人(合意率58.3%)という結果となった。「当該介入または比較対照のいずれかについての推奨」を支持する意見としては,原則的には全摘が考えられるものの,温存希望がある患者で,腫瘍径が小さく術前検索で温存手術が可能と判断され,かつ放射線照射を大きく遅らせることがないという場合には,断端陽性や局所再発の増加というデメリットを理解のうえでの選択の余地は残されてもよいのではという意見が出た。「当該介入を行わないことの条件付きの推奨」を支持する意見としては,難しい問題だが,本幹である原疾患の治療が優先されるというところに帰属されるのではないか,許容される対象となる患者はごく一部であり,原則は全摘であると考えられるという意見が出た。
NCCNガイドライン6)では,遠隔転移のない妊娠期乳癌の初期治療において,乳房温存術が考慮されるのは妊娠中期(second trimester)以降とされている。妊娠中のどの時期においても放射線療法は禁忌とし,術後放射線治療は出産後が推奨されている。放射線療法を出産後まで遅らせることが許容される場合においては乳房温存術が生存率に悪影響を及ぼすことはないとの報告がある7)8)。また,妊娠25週以降に手術を行う場合には,産婦人科や新生児科との連携が必要と言及されている。
ESMOガイドライン9)でも,乳房全切除術または乳房温存術に進むかどうかの決定は,妊娠していない設定での標準的な診療に従うべきであるとするものの,術後放射線治療は出産後まで延期することが望ましく,乳房温存術が計画されている場合,放射線治療が6カ月以上遅れると局所再発のリスクを高める可能性がある10)ことを認識しておくべきとされている。
現時点でのエビデンスは少数例,短期間でのバイアスを含む観察研究であったため,妊娠期乳癌における術式別および妊娠時期毎での局所再発率,予後(DFS,OS)は追加の検討が必要と考える。
関連学会より指摘された箇所の修正を行った。