若年乳癌症例においては,乳癌治療後に妊娠・出産が可能となる症例がある。授乳とは,乳汁(母乳または育児用ミルク)を子どもに与えることであり,授乳は子どもに栄養素等を与えるとともに,母子・親子の絆を深め,子どもの心身の健やかな成長・発達を促すうえで極めて重要とされる1)。一般的に母乳による授乳(母乳育児)は乳児に最適な成分で少ない代謝負担,乳幼児の感染症リスク低下,母子関係の良好な形成,出産後の母体の回復促進等,多くのメリットがあることが知られている。乳癌患者が出産後に母乳による授乳を安全に実施可能か,エビデンスは限られているが,解説する。
乳癌治療後に母乳による授乳を行う場合には,化学療法,内分泌療法,分子標的治療等の薬物療法は実施していないことが前提となる。
若年症例では整容性の保持のため,温存術が選択される場合も多い。温存術後は乳房温存療法として,通常,放射線治療が実施されるが,これに伴い腺組織の萎縮をきたし,乳汁分泌能の低下を生じる。また乳房の硬化により,児による吸いつき困難や授乳時の疼痛増強を生じる場合もある。温存手術後は34%の症例で乳汁分泌が確認されたという報告があるが,分泌量が少なく,母乳による授乳に至らなかった症例もあるとされる2)。別の報告では21症例の28出産後,55.6%で乳汁分泌あり,38.9%では乳汁分泌なし,5.5%は不明であった。また,放射線治療を含む乳房温存療法を行った10症例のうち,8症例では著しい乳汁分泌量の減少が報告されている3)。乳輪乳頭近傍の皮膚切開,病変の存在位置,放射線治療の照射量や照射法等が温存乳房の乳汁分泌に影響することが知られている。
患側乳房への術後放射線治療も含め,乳癌治療による対側乳房の授乳への影響はないとされる。また,児にとっては片側からの授乳により十分な栄養供給は可能である。
ホルモン受容体陽性乳癌においては,妊娠・出産・授乳に伴う乳房局所のエストロゲンレベル高値が乳癌再発に寄与しないかの懸念があるが,標準治療後であれば予後に影響しないと考えられている。母乳による授乳との関連においては,乳癌治療後に出産し,授乳を行った症例に関する報告は限られている。IBCSGによる報告では,乳癌術後に出産した94症例中,27症例は授乳を行い,非授乳症例と比較し,予後は良好であった可能性が示されている。ただし,この27症例は医療者による報告であり,患側での授乳なのか,授乳期間等の詳細はなくバイアスを含んでいる可能性がある4)。
授乳を行った場合,乳児に直接的な悪影響があるとの報告はない5)。
母乳育児は母乳の免疫学的感染防御,乳児にとって代謝不可の少ない成分組成,アレルギー性が低いこと,母体の体調管理,母子相互関係の良好な形成等,栄養,免疫,心理的意義が大きい。患側からの乳汁分泌が認められない,もしくは不十分であったとしても,対側乳房からの授乳は安全に実施できる可能性がある。母乳育児を望む場合には積極的な母乳育児の支援を行う。
また,出産後も乳癌薬物療法の継続を要する,あるいは母乳育児が可能な状況であっても分泌量が少ない,母子の健康等の理由から育児用ミルクを選択する場合は,その決定を尊重するとともに,母乳育児を希望しても実施できない母親の悩みや罪悪感等の心の状態に配慮し,精神的な支援が必要となる。