妊孕性/妊孕性温存について

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GnRHアゴニストの卵巣保護作用

GnRHアゴニストについて

GnRH(gonadotropin releasing hormone, ゴナドトロピン放出ホルモン)は10個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで視床下部で産生され、下垂体からのゴナドトロピン(卵巣を刺激するホルモン)産生を刺激します。GnRHにはアミノ酸を置換して安定性を高めたアナログ製剤があり、アゴニストおよびアンタゴニスト製剤が開発されています。

また、最近ではデカペプチドでない経口のアンタゴニスト製剤も開発されています。アゴニストは投与初期に下垂体刺激作用から一過性にゴナドトロピンの産生が増加(flare up)した後、脱感作により下垂体からのゴナドトロピン産生を低下させます。ゴナドトロピン依存性の卵胞発育が停止するため、血中エストロゲン濃度が持続的に低下します。この機序を利用して子宮筋腫や子宮内膜症などのエストロゲン依存性の婦人科疾患に適用され,注射あるいは点鼻のアゴニスト製剤が使用されています。また、乳癌や前立腺癌の内分泌療法にも使用されています。

GnRHアゴニストの持つ卵巣保護作用

初経前の小児では抗がん剤治療後にも卵巣機能が保たれている例が多く、卵胞の発育を抑制すると卵巣機能が温存できるのではないかという仮説から、抗がん剤の卵巣傷害性を軽減させる目的にGnRHアゴニストの併用が試みられています。その効果については長年議論が分かれています。GnRHアゴニストの持つ卵巣保護作用について、その具体的な機序は明らかにされていませんが、以下のものが考えられています。

1)卵胞は2次卵胞以降の発育段階初期からゴナドトロピン感受性を獲得し、 卵胞発育が進行して径10mm前後に達した胞状卵胞以降の卵胞発育はゴナドトロピン依存性となると考えられています。抗がん剤により発育中の卵胞が閉鎖(消失)すると、卵胞から産生されるホルモンのフィードバック作用の低下からFSHが上昇します。FSHの上昇はゴナドトロピン感受性の卵胞の発育を促します。発育卵胞が増加するためと、結果として抗がん剤に暴露される卵胞も増加し、卵胞閉鎖が進行すると仮説が立てられます。GnRHアゴニストでFSHを低下させると、抗がん剤に暴露されるFSH感受性を持つ卵胞数を抑制できる可能性があります。

一方、原始卵胞(あるいは1次卵胞)にはFSH受容体は発現しておらず、原始卵胞のリクルートメントと初期の2次卵胞までの卵胞発育は、FSHは関与せずゴナドトロピン非依存性と考えられています。また、発育卵胞の減少は、卵胞の顆粒膜細胞から産生される抗ミューラー管ホルモン(AMH)の低下を招きます。AMHは局所で原始卵胞のリクルートメント・活性化を抑制的に調節しています。このため抗がん剤投与では原始卵胞のリクルートメントが亢進する可能性があります。これら卵胞の活性化と閉鎖の亢進が卵胞数減少に関与していると推察されますが、その機序へのFSHの関連は明らかではありません。

2)GnRHアゴニストによる低エストロゲン状態は子宮および卵巣への血流を低下させます。結果として卵巣へ到達する抗がん剤少なくなり、卵胞への抗がん剤暴露が低下する可能性があります。

3)卵巣の顆粒膜あるいは莢膜細胞にはGnRH受容体が発現しており、GnRHアゴニストが何らかの機序で直接的に卵胞保護作用を発揮している可能性があります。

卵巣保護作用の有用性

臨床的なGnRHアゴニストの卵巣保護作用については、報告により相反する結果が出されており、その有用性については長年議論がなされてきました。今のところ、GnRHアゴニストが強い保護作用を持つというエビデンスは確立されていませんが、一定の保護効果は示すと考えられています。悪性リンパ腫あるいは乳癌患者を対象とした最近のメタ解析では、GnRHアゴニストの効果を支持するものが出されています。一方、いくつかのランダム化試験では否定的な結果もあり、対象の年齢や原疾患、フォロー期間、アウトカムの厳密性などによって得られる結論が異なっていることが想定されるため、意見が分かれるところとなっています。

上記のごとくGnRHアゴニストの評価は未だ定まっておらず、妊孕性温存の第一選択となるようなものではありません。しかし、比較的安価で簡便に使用できるため、胚凍結や卵子凍結などの妊孕性温存処置ができないような場合に、患者さんとの話し合いのもとで適用することが考慮されています。

長崎大学医学部 産婦人科
北島 道夫

卵巣位置移動術

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