がんの種類別治療方法

消化器がん

はじめに

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 消化器がんは高齢者に多く、若年発症では遺伝性疾患の関連も少なくありません(CQ2)。

 早期発見できれば内視鏡治療や外科的切除により治癒可能ですが、進行例では骨盤内手術や周術期補助化学(放射線)療法による妊孕性への影響に注意を要します(CQ1、CQ2)。また、卵巣などに転移浸潤を認める場合や、切除不能および再発例では、妊孕性温存について予後を考慮して慎重に検討すべきです(CQ、CQ2)。

 消化器がんで頻用される抗がん剤には催奇形性高リスクのものは少ないですが、いずれも催奇形性があることに注意を要します。妊孕性に関する消化器領域に特化したエビデンスは少なく、妊孕性温存方法や妊娠可能時期は他臓器のがんと同様です。

疫学

 食道がんのリスク因子は飲酒・喫煙であり、40代後半から増え始め、高齢者に多く見られます。胃がんは40代以降に多く発生しますが、スキルス胃がんは20代の女性にも小さなピークがあります。大腸がんは40代以降に多く発症しますが、若年発症として家族性大腸腺腫やリンチ症候群などの遺伝子悪性疾患があります。肝細胞がんの発生には肝炎ウイルスの持続感染が関与し、若年性発症は少ないのが特徴です。膵がんは60代から増加し、40歳未満での発症は稀です。胆道がんの中で胆嚢がんの発症は近年減少傾向にありますが、若年発症は稀です。

治療の概要

1. 食道がん
 粘膜内にとどまる病変でリンパ節転移のリスクが低ければ、内視鏡的切除術の適応となります。粘膜下層まで浸潤したT1bは、外科的切除単独が標準治療です。 StageⅡ/Ⅲ(T4除く)食道がんはFPでの術前補助化学療法が標準治療であり、5年生存割合は55%と報告されています。気管や大動脈浸潤により切除不能な局所進行例に対しては、FP-RTによって20%程度の治癒が得られます。遠隔転移を伴うStageⅣまたは術後再発例に対して、一次化学療法ではFP療法が標準治療であり、二次化学療法ではタキサン系薬剤が広く用いられますが、根治を得ることは極めて難しいのが現状です。

2. 胃がん
 粘膜内にとどまる病変でリンパ節転移のリスクが低い場合は内視鏡的切除術の適応となります。内視鏡的切除術の適応とならないStageⅠ~Ⅲまでは胃切除術とリンパ節郭清を行います。病理学的にStageⅡ/Ⅲである場合は、術後に補助化学療法としてS-1単独療法を1年間、またはカペシタビンとオキサリプラチン併用(CapeOX)療法を行うことにより5年生存割合は70〜75%となります。切除不能・再発胃がんに対しては、一次化学療法としてフッ化ピリミジンとプラチナ製剤の併用療法(HER2陽性の場合には、トラスツズマブ併用)が標準治療とされています。二次化学療法としてはパクリタキセルと血管新生阻害薬であるラムシルマブの併用が推奨されています。三次化学療法にはイリノテカン、ニボルマブ、トリフルリジン・チピラシルが用いられます。化学療法のみでは生存期間中央値は13〜14ヶ月であり、根治を得ることは極めて難しいとされています。

3. 大腸がん
 cTis(M)がん、cT1(SM)軽度浸潤病変の場合には、内視鏡的切除術が適応となります。StageⅠ~Ⅲは外科的に切除されますが、high risk StageⅡおよびStage III症例に対しては術後補助化学療法として、フッ化ピリミジン単独またはオキサリプラチンとの併用療法を行います。肝や肺などに転移があっても外科的に切除された場合は、40%程度の5年生存率が得られます。
 切除不能例に対してはフッ化ピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカンなど、血管新生阻害薬およびRAS遺伝子野生型に対しては抗ヒト上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor : EGFR)抗体薬が併用されます。また、レゴラフェニブやトリフルリジン・チピラシルがsalvage lineの治療として用いられています。直腸がんに対しては側方リンパ節郭清を伴う外科的切除術が標準治療とされています。これに伴い神経叢を切除・損傷すると性機能が低下します。

4. 肝がん
 肝炎、肝硬変をベースに発症することが多く、肝機能が治療法選択に大きく影響します。切除不能でも肝に限局する場合は塞栓療法が行われます。遠隔転移がある場合や塞栓療法を含めた局所療法が不可能な場合には全身化学療法が行われます。血管新生阻害薬のソラフェニブが標準治療とされていますが、生存期間中央値は10ヶ月程度です。

5. 膵がん
 切除可能な症例に対しては外科的切除の5年生存率10〜20%と極めて予後不良です。術後補助化学療法としてS-1単独療法を行うことにより40%の5年生存率が報告されています。切除不能・再発例に対して5-FU、オキサリプラチン、イリノテカンの3剤併用(FOLFIRINOX)療法、またはゲムシタビンとnab-パクリタキセルの2剤併用療法が標準治療とされています。化学療法のみでの生存期間中央値は11ヶ月程度です。

6. 胆道系がん
 健診などで発見される胆嚢がんを除いて、早期発見は困難です。切除可能な場合には外科的切除術が基本ですが、術前後の補助化学療法は確立していません。切除不能・再発例に対しては、一次化学療法としてゲムシタビンとシスプラチンの併用療法が標準治療とされています。化学療法のみでは、生存期間中央値は約11ヶ月です。

CQ1.  どのような消化器がん患者が妊孕性温存療法の適応となるか?

推奨

①不妊のリスクが高いことが予測される治療を受ける場合、治療内容や生命予後等を考慮した上で妊孕性温存療法が考慮される。(推奨グレードC1)

解説

 消化器がん患者における妊孕性温存の時期や手法については定まっていません。女性の直腸がんに対する化学放射線療法が高リスク、標準的な化学療法は主に中間リスクまたは低リスクに該当しますが、不妊となる可能性に関する情報を治療前に提供することが推奨されています。

  • 手術:直腸がん術後の性機能低下に関しては、男性5~88%で術後性機能低下が認められ、勃起障害、射精障害が術後に増加します。可能な場合は神経温存手術を考慮します。女性患者では、腹膜反転部より上部の結腸がん手術による妊孕性低下リスクは限定的ですが、術後の骨盤内の癒着による影響から、直腸がんに対する手術では妊孕性の低下の可能性を考慮すべきです。
  • 周術期補助化学療法:50歳以下でStageⅡ、Ⅲの結腸がん術後補助化学療法(FOLFOX)73例において、評価可能な49例中20例(41%)で化学療法中に無月経を認め、8例(16%)で化学療法終了1年後にも無月経が持続していました。術後補助化学放射線療法(カペシタビン±オキサリプラチン、放射線45~55Gy)では、51例中48例(94.1%)で化学療法中に月経が休止し、その全例で治療後も月経再開を認めていません。
  • 放射線治療:直腸がんに対する術後補助化学放射線療法における妊孕性への影響の他、放射線照射後の性ホルモンの低下が報告されています。消化器がんではないが、妊孕性低下が骨盤内照射量20~34Gyでは22%、35Gy以上は32%との報告があります。妊孕性低下の線量として40歳未満では20Gy、40歳以上で6Gyとの報告があります。

 若年消化器がん患者を対象とした妊孕性温存のデメリットを検討した研究はありません。術後補助化学療法の開始が遅れると効果が低下します。妊孕性温存のためにがん術後補助化学療法が遅れ、効果が低下する可能性を考慮しなければなりません。

 がんの進行度・再発リスク・予後、予測される治療スケジュールとその変更の可否、本人の希望や社会的背景、妊孕性温存を実施することによるデメリットを総合的に勘案し、妊孕性温存療法の適応について検討します。不妊のリスクが高いことが予測される治療を受ける場合は、妊孕性温存の適応を検討し、生殖医療を専門とする医師へ紹介することが勧められます。

CQ2.  消化器がん患者の妊孕性温存に際し、どのような説明をすべきか?

推奨
  • ①遺伝性腫瘍と診断された場合、遺伝カウンセリングとともに同時・異時多発しうる生殖領域がんへの対応と妊孕性について説明する。(推奨グレードB)
  • ②根治可能な場合、手術合併症、周術期補助放射線治療、周術期補助化学療法のそれぞれによる妊孕性障害の可能性について説明する。(推奨グレードC1)
  • ③進行がんが直接浸潤・転移し侵された生殖器領域臓器に対する治療は、原疾患の過程・予後と妊孕性温存の双方の観点をふまえて説明する。(推奨グレードC1)
解説

1. 遺伝性腫瘍に伴うもの
 若年者の消化器がん診療では遺伝性腫瘍に留意が必要です。消化器がんと生殖器領域のがんの双方を発症しうる遺伝性腫瘍については、リンチ症候群、ポイツ-ジェガーズ症候群、遺伝性乳癌卵巣癌、遺伝性びまん性胃がん、リ・フラウメニ症候群、カウデン病が知られています。遺伝性腫瘍患者における妊孕性温存は医学的・身体機能的な側面だけでなく心理・社会的な側面が大きく影響するため、遺伝カウンセリングとは不可分となります。また、これらの遺伝性腫瘍患者に対する女性生殖器の予防的切除については十分な遺伝カウンセリングとともに適応を検討すべきです。

2. 消化器がん原発巣等への根治的治療に伴うもの
手術:CQ1の手術の項を参照.
 周術期補助放射線治療:性腺の被曝による妊孕性障害が男女とも明らかであるため、性腺の遮断が必要です。卵巣位置移動術・遮蔽あるいは胚(受精卵)凍結、未受精卵子凍結、また卵巣組織凍結などが考慮されます。子宮の被曝による子宮容積の減少あるいは血流障害により、妊娠しても流産や低体重出生、早産のリスクが高まることが知られています。
 周術期補助化学療法:消化器がんの術後補助化学療法に用いられるフッ化ピリミジン系薬剤およびゲムシタビンの妊孕性障害は低いと考えられています。シスプラチンは女性において中等度の卵巣機能不全のリスクがあり、男性では一過性の無精子症を来すリスクがあります。オキサリプラチンの妊孕性障害のリスクは未確立となっています。

3. 進行がんによる妊孕性障害
 消化器がんの遠隔転移・腹膜播種によって卵巣・子宮などにがんが進展する病態がしばしばみられます。また、切除不能な場合は、消化器がんでは治癒はほとんど期待できません。原疾患の根治性・予後と妊孕性温存の双方の観点を十分に考慮し治療を選択する必要があります。

CQ3.  消化器がん患者の妊孕性温存療法にはどのような方法があるか?

推奨
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①パートナーがいる女性患者では、胚(受精卵)凍結保存が推奨される。(推奨グレードB)

②パートナーがいない思春期以降の女性患者では、未受精卵子凍結保存が考慮されます。(推奨グレードC1)

③パートナーの有無にかかわらず、卵巣組織凍結保存は研究段階であるものの、胚(受精卵)または未受精卵子凍結保存までの時間的猶予がない場合や、思春期前など排卵誘発が困難な場合、施行可能な施設において考慮されます。(推奨グレードC1)

④女性患者では、直腸がんに対する放射線治療に対して照射野外への卵巣位置移動術が考慮されます。(推奨グレードC1)

⑤男性がん患者では、精子凍結保存が推奨されます。(推奨グレードB)

⑥勃起射精障害がおこる可能性が高い手術の場合には、神経温存手術が推奨されます。(推奨グレードB)

解説

 消化器がん特有のものとして、直腸がんに対する放射線治療の際の卵巣位置移動術の報告があります。その他、化学療法前の体外受精による胚(受精卵)凍結や未受精卵子凍結、または卵巣組織凍結、男性における生殖機能温存の報告もあります。

CQ4.  消化器がん患者が挙児を希望した場合、治療終了後のいつから妊娠可能となるか?

推奨

①催奇形性を有する抗がん剤については、抗がん薬や代謝産物が体内から検出されなくなる、またはそれに相当する期間が経過するまでの避妊が考慮される。

解説

 消化器がんに対する抗がん剤治療が妊娠や分娩に及ぼす影響は明らかにされていません。がん治療終了後に正常な卵巣機能が保たれていれば妊娠は可能と考えられますが、催奇形性の問題がある抗がん剤については、抗がん薬や代謝産物が体内から検出されなくなるまで妊娠を避ける方がいいとされています。一般に、催奇形性を有する薬剤の治験の場合、薬剤の半減期の5倍に女性の場合は30日、男性の場合は90日を加算した避妊期間が推奨されることが多いです。消化器がんで用いられるフッ化ピリミジン系薬剤(5-FU、UFT、S-1、カペシタビン)、白金製剤(シスプラチン、オキサリプラチン)、ゲムシタビンは、いずれも動物実験において催奇形性が報告されています。

国立がん研究センター中央病院 消化管内科
朴 成和

表 消化器がんに対する治療による性腺毒性のリスク分類(女性)ASCO 2013

リスク 疾患 治療法 文献
高リスク(>70%) 直腸がん 直腸がんに対する外科的切除術+術後補助化学放射線療法(フッ化ピリミジン) Clin Colorectal Cancer. 2015; 14: 31-34
中間リスク(30-70%) 胃がん・大腸がん・胆道がん オキサリプラチン ASCOガイドライン
  食道がん・胃がん・胆道がん シスプラチン ASCOガイドライン
  食道がん・胃がん・大腸がん・膵がん・胆道がん 5-FU ASCOガイドライン
低リスク(<30%) 膵がん・胆道がん ゲムシタビン ASCOガイドライン
  家族性大腸腺腫症 全大腸切除、回腸嚢肛門吻合術または回腸直腸吻合術 Ann Surgery. 2010; 252: 341-344

表 消化管がんに対する治療による性腺毒性のリスク分類(男性)ASCO 2013

リスク 疾患 治療法 文献
中間リスク 勃起・射精障害 直腸がん 直腸がんに対する外科的切除術 Ann Oncol. 2012; 23: 19-27
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