がん治療後の妊娠
がん治療終了後のチェック項目
はじめに
妊孕性温存が行われ、がん治療が終了して主治医から妊娠の許可が下ります。妊娠に向けてどのような点に注意すべきかは、各臓器により異なることも多いため以下に臓器別に説明します。
女性生殖器
子宮頸がんに対する妊孕性温存手術には、円錐切除術や広汎性子宮頸部摘出術が行われており、まずは術後病理組織診断で病変が完全に切除されていることの確認が必要です。主病変から離れて病変がみられることもあり、術後3ヶ月頃の細胞診のフォローが必要です。妊娠が許可できる時期としては術後3ヶ月が妥当と言われています1)。広汎性子宮頸部摘出術では、術後の自然妊娠例の報告は少なく、人工授精や体外受精での報告例が多くなっています。
子宮体がんに対するホルモン療法では、メドロキシプロゲステロン酢酸エステル(MPA)が用いられ、高い寛解率が期待できる一方で、寛解後も再発の危険性が高く、より迅速な妊娠成立が望まれます。MPAの半減期は14時間であり、内服終了後比較的速やかに妊娠許可が可能です。ART施行群の方がART未施行群よりも妊娠率が高いとの報告もあり2)、治療後の細胞診で寛解が確認されれば、体外受精を含め積極的に治療する必要があります。
卵巣がんに対する標準的治療に基づいた妊孕性温存療法を行った症例で、温存した対側卵巣でのがんの再発率は組織型によって差はみられるものの0%ではありません。したがって温存した対側卵巣に対する採卵では、その潜在的なリスクを患者に伝えた上で、慎重に治療方針を検討すべきであると考えられます。抗がん剤を使用した症例の治療開始時期に関しては明確な基準はありませんが、原始卵胞から排卵までの卵胞形成期間を考慮して、4ヶ月から6ヶ月の避妊期間の後には妊娠を許可してよいと考えられます。
乳腺
乳がんの治療は画一的でなく、臨床病期(Stage)、サブタイプ(Subtype)から再発リスク、治療効果(薬剤感受性)、治療による有害事象を考慮して実施されます。原発性乳がんの約7割はエストロゲン受容体陽性のホルモン感受性腫瘍であり、乳がん術後の妊娠によるホルモン環境の変化が乳がんの予後に与える影響が懸念されます。
非浸潤がん(Stage 0)では、術後の薬物療法による全生存割合の改善効果がないため、術後ホルモン療法は必須ではなく3)、術後ホルモン療法を行わない場合は局所治療終了後にすぐに妊娠が可能です。一方、Stage IVもしくは遠隔転移を伴う再発乳がん患者さんでは、一般的に長期の予後は期待できません。Stage IVもしくは再発乳がん患者さんは、継続的な薬物治療が必要となる場合が多く、妊娠・分娩における母体の安全が保証できないため、これらの患者さんでは妊娠は勧められません。
Stage I〜IIIの浸潤がんの場合は、再発リスクに応じて術後または術前に全身薬物療法が併用されます。ホルモン感受性や増殖活性などをもとにタイプが分類され、どの症例に化学療法を実施すべきかには個別の検討が必要です。
標準治療終了後、どの程度の期間をあければ妊娠可能かという点については、ホルモン受容体発現の有無が一つの指標となります。ホルモン受容体陽性乳がんでは診断後5年、ホルモン受容体陰性乳がんでは診断後2年くらいまでに再発が多くみられるとされています4)、5)。再発リスクの観点からは、ホルモン受容体陽性乳がんでは5年間のホルモン治療後、ホルモン受容体陰性乳がんでは術後2年経過であれば、妊娠を検討してもよいとされています。
エストロゲン受容体(ER)陽性乳がんの術後ホルモン療法にはタモキシフェンが用いられます。5年間の内服では、タモキシフェンを使用しない場合と比較して再発リスクと死亡リスクが減少します。1〜2年間内服による効果は、5年間内服による効果よりも劣っていました。タモキシフェン5年間内服と10年間内服を比較する2つの大規模臨床試験では、10年間内服によって再発リスクと乳がん死亡リスクをさらに低減できることが示されました6)、7)。
以上から、再発リスクと乳がん死亡リスクの低減を第一に考えると、術後ホルモン療法としてのタモキシフェンは5年間あるいはそれ以上の期間の内服が勧められます。術後ホルモン治療を中断もしくは早期に終了して妊娠を試みることは、再発リスクと乳がん死亡リスクの上昇の可能性があり勧められません。挙児希望のためタモキシフェン内服中断や早期終了を考慮する場合には、当初の再発リスク、標準治療完遂による再発リスク減少効果、内服中止によって予想される再発リスクへの影響、ホルモン治療を中止した場合の妊娠・分娩の可能性を考慮して、慎重に判断する必要があります。内分泌療法を一時中断して妊娠を試みることの乳がんの予後に与える影響については、大規模な前向き研究が進行中です8)。
以上、乳がん患者で妊娠を希望する場合には、標準治療を完遂後に考慮可能と考えられますが、サブタイプや再発リスクに基づき個別に判断されます。
治療終了後いつから妊娠可能と判断されるかについては、催奇形性など胎児や児に影響を及ぼしうる治療については考慮する必要があります。
1.ホルモン治療
タモキシフェン内服中の妊娠は催奇形性があり禁忌とされています。タモキシフェンの代謝産物が体内から消失するには、内服終了後約2ヶ月かかるとされ9)、内服終了後2ヶ月は避妊が必要です。
2.化学療法
化学療法(抗がん剤)の場合は、原始卵胞が排卵に至るまでの期間を勘案して終了から4〜6ヶ月の期間をあけることが望ましいとされています。また、化学療法や放射線治療後1年以内の妊娠では、生殖細胞の異常に起因すると考えられる異常は増加しないものの、治療に起因する子宮やホルモン環境の悪化に伴うと考えられる早産、低出生体重児の増加を認めたという報告があります10)。したがって、化学療法終了から妊娠まで少なくとも6ヶ月程度の期間をあけることが望ましく、妊娠時は慎重な周産期管理が必要です。
3.トラスツズマブ
トラスツズマブのヒト生体内における半減期は16日程度であり、投与終了からしばらくは母体内にトラスツズマブが残存していると考えられます。妊娠初期には胎盤を経由して胎児へのトラスツズマブ移行はないと考えられているため、トラスツズマブ投与終了直後に妊娠しても胎児へ影響する可能性は低いと考えられますが、データはなく推奨されません。ハーセプチン○Rの添付文書には投与終了後最低7ヶ月間の妊娠は禁忌と記されています。したがって、安全域を勘案し、トラスツズマブ投与終了後7ヶ月は妊娠を避けるべきであると考えられます。
4.放射線治療
一般的に生殖腺へ放射線照射を受けた場合、その後の妊娠・分娩により生まれた児にがんや先天異常を認める頻度が増加することはこれまで報告されていません。また、原爆被曝生存者の子や孫を対象にした研究や、放射線治療を受けた小児がん経験者に対する研究においても、子孫に対する遺伝的影響は示されていません。乳房温存術後照射を受けた患者では、照射側の乳房からの授乳は照射による組織変化により不可能であることが多いが、対側乳房からは安全に授乳が可能であるとの報告があります11)。また、授乳が乳がんの再発リスクを上げるとの報告はなく、児に対しても悪影響を及ぼすことはないと報告されています12)。以上のように、乳がんの術後放射線治療終了後の妊娠により、児への遺伝的影響や、妊娠経過異常が認められたという報告はありません。
泌尿器
泌尿器がんの中で最も妊孕性温存が必要とされる疾患は精巣腫瘍です。治療前に精子凍結保存が行われていれば、患者の希望する時期に顕微授精を行うことが可能です。
一方、治療開始前の精子凍結保存が実施されていない場合には、治療終了後に一定の避妊期間が推奨されます。一般に催奇形性を有する薬剤の治験の場合、薬剤の半減期の5倍の日数に、女性の場合は30日、男性の場合は90日を加算した避妊期間が推奨されます。また、病状と予後も考慮する必要があります。
精巣腫瘍に対する化学療法としては、一般的にシスプラチン併用化学療法が施行され、造精機能障害を来たします。シスプラチン併用化学療法4コース以下であれば、治療終了後一旦無精子症になったとしても、長期に観察した場合、造精機能が回復する可能性があります13)。BEP療法後の患者の精子では染色体異常の頻度が高いとする報告もあります14)。
一方、これらの化学療法を含む治療後の父親の児における先天異常については、精巣腫瘍では多数例のデータはないものの、小児がんコホート研究ではリスクの上昇は観察されていません。また、全身放射線治療後の精子形成回復期(2年間)において精子の染色体異常が確認されていますが、精子形成回復期及びその後パートナーが妊娠した場合に胎児に先天異常がみられる頻度が増加するというエビデンスもありません。したがって、生殖器官への放射線照射が行われ、催奇形性を有する薬剤または胎児への安全性に関する情報が十分でない薬剤ががん治療に使用された場合には、挙児希望時にできるだけ遺伝カウセリングを提供することが望ましいと考えられます。
腎がん、尿路上皮がん、前立腺がんなどにおいても、患者が男性で治療開始前に精子凍結保存が実施されている場合は、治療終了後の時期に関係なく夫婦が希望した時期に凍結保存精子を用いてARTを行うことが可能です。
一方、催奇形性を有する薬剤または催奇形性に対する十分な安全性が確認されていない薬剤が使用された場合、薬剤の半減期の5倍の日数に、女性の場合は30日、男性の場合は90日を加算した避妊期間が推奨されます。また、女性の場合には、妊娠中に再発した場合には治療開始に影響するため、再発の可能性を加味して避妊期間を検討することが望ましいと考えられます。
小児
近年小児がん全体の治療予後は改善し、5年生存率は80%近くに達しています。小児がん経験者(CCS)の長期生存により挙児を得られる可能性は高まっています。一方、原疾患の再発以外に晩期合併症、二次がん、生活習慣病など様々な健康障害のリスクがあります。
CCSの妊娠は、治療終了から長期間が経過している場合が多いものの、妊娠はがん再発リスクが十分低い時期になってからが望ましいとされています。妊娠中は必要な検査が十分に行えなかったり、再発時に催奇形性がある薬剤や放射線治療が困難となるため、再発治療に影響を及ぼす可能性があるからです。疾患によっては晩期の再発リスクや合併症を持つこともあり、原疾患担当医から妊娠が許可されているかの確認が必要です。
また、がん治療時に幼少であったため患者自身が病名や治療歴、合併症について十分理解できていなかったり、長期フォローアップをきちんと受けていない場合があり、注意が必要です。パートナーの理解度についても確認します。
小児がん治療後は早発卵巣不全についてもモニタリングすべきと報告されています15)。晩婚化・晩産化が進んでいる日本では、CCS本人が自身の生殖機能について十分に理解した上で人生設計を立てられるよう、早期から説明・教育を行うことが重要です。
CCS女性の妊娠では、がん治療による影響に留意します。妊娠により循環血液量が増加するため、胸部への放射線照射、心毒性のあるアントラサイクリン系薬剤による治療歴のある症例での心不全や白金製剤による腎障害に注意が必要です。腹部・骨盤への放射線照射歴は、子宮発育障害による早産、低出生体重児の増加が報告されています16)。思春期前に放射線治療を受けた場合は、低線量でもリスクが増加し、流産、死産や新生児死亡の報告もみられます。頭部への放射線照射歴では、認知機能低下をきたすことがあります。
がん治療による児の先天異常に増加については、これまでの報告で否定的とされています17)。一方で、発がんリスクのある遺伝性疾患では児にも発がんリスクがあるため、遺伝カウンセリングや出生後のフォローが必要です。
造血器
近年がん治療法の改善に加え、生殖補助医療も進歩しており、造血器悪性腫瘍患者でも治療終了後に妊娠・分娩が可能な症例が増加しています。しかし疾患により抗がん薬の種類や治療期間が異なり、再発リスクも多様です。治療終了後どのくらいで妊娠可能と判断するかは、再発等の予後に与える影響とがん治療による児への影響という両者を考慮する必要があり、一定の基準を設定するのは困難です。
骨軟部
高悪性度骨軟部腫瘍患者の化学療法後の5年以上の観察期において、特に女性では妊娠・分娩の影響はわずかで、胎児の先天異常に関してもほぼ異常のないことが報告されています18)。しかし最近の日本における報告では、高悪性度腫瘍に対する高用量の化学療法を受けた男性患者では妊孕性が低下することがわかっています19)。
高悪性度骨軟部腫瘍治療後の女性患者が妊娠を希望した際に考慮する要因としては、①治療の終了時期、②患者の年齢、③患者の卵巣機能が挙げられます20)。
化学療法後の期間に関しては、一般的に原始卵胞は薬剤の影響を受けにくいものの、卵子は薬剤の暴露により影響を受け、催奇形性を有することが推測されます。原始卵胞が排卵至るまでの期間を勘案して、化学療法終了後6ヶ月から1年程度の期間をあけることが望ましいと考えられます。
患者が男性の場合は、精子形成過程において精原幹細胞が化学療法中も体細胞分裂をしているため、そこに薬剤によるDNA障害が入る可能性があります。また、そのDNA障害が修復されるかどうかについてもまだ一定の見解は得られていません。
高悪性度骨軟部腫瘍では治療終了後2年以内の再発率や転移率が高いことが知られています21)。治療後の再発、転移の追跡調査として、この期間は3〜6回の局所と肺の画像検査が推奨されているので、胎児への放射線被曝を最大限軽減するように務める必要があります。
脳
脳腫瘍の発生部位、化学療法の内容、放射線治療の部位や範囲によっては、視床下部・下垂体及び性腺が障害されて性ホルモン産生が低下し、卵子及び精子の数が減少する場合があります。女性も男性もがんの治療中及び治療後の一定期間は避妊すべきであると考えられます。特に女性は一般的に原始卵胞が発育して排卵に至るまで約6ヶ月間を必要とします。
脳腫瘍患者の妊娠許可の時期は疾患により判断が異なります。例えば乳幼児期から学童期に好発する髄芽腫は、5年後の再発率は低く22)、妊娠可能時期に腫瘍自体が問題になることは少ないとされています。ジャーミノーマは思春期から若年成人に好発しますが、治療期間も短く、高い治癒率が期待できます。小児低悪性度神経膠腫は成人の低悪性度神経膠腫と異なり悪性転化は稀で、化学療法を必要とする非全摘例も思春期を越えると腫瘍制御が安定することが多いとされます。
脳腫瘍患者では、脳腫瘍自体もしくは治療により神経認知機能異常・てんかんなどを合併する可能性があり、妊娠・分娩を希望する患者には慎重に対応する必要があります。
脳室腹腔短絡術が施行された患者が妊娠した場合は、シャント圧の厳密な管理が必要となります。
消化器
消化器がんの患者を対象にした妊孕性に関する疫学研究はないため、消化器がんのがん治療が妊娠・分娩に及ぼす影響は明らかではありません。また、消化器がんの治療終了後に妊娠し、正常児を分娩した症例報告はあるものの、妊娠可能な時期について検討した報告はありません。一般的に、がん治療終了後に正常な卵巣機能が保たれていれば妊娠は可能と考えられますが、化学療法を行った場合は、抗がん薬による卵巣への影響を考慮する必要があります。
また、催奇形性の問題がある抗がん薬については、抗がん薬やその代謝産物が体内から検出されなくなるまで避妊が必要です。一般に催奇形性を有する薬剤の治験の場合、薬剤の半減期の5倍の日数に、女性の場合は30日、男性の場合は90日を加算した避妊期間が推奨されます。消化器がんの術後薬物療法で用いられるフッ化ピリミジン系薬剤(5-FU、UFT、S-1、カペシタビン)、白金製剤(シスプラチン、オキサリプラチン)、ゲムシタビンは、いずれも動物実験において催奇形作用が報告されており、注意が必要です。
熊本総合病院 婦人科
岡村 佳則
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