オンライン登録事業(JOFR)

オンライン登録事業ー日本がん・生殖医療登録システム(JOFR)

オンライン登録事業の目的

 がん・生殖医療登録事業の目的は、治療のために妊よう性(にんようせい:精子、卵子など子どもを持つための細胞や機能)が損なわれる可能性があるがん患者さん等に対して、「精子・卵子の凍結などの妊よう性温存に関するカウンセリングや治療のための医療体制の実態を把握」し、「10〜20年以上の長期間にわたってがんや妊娠の成績を追跡・解析し、医療体制や治療成績のさらなる向上に結び付く」ように、患者さんのデータベースを作成していくことです。

海外やわが国における症例登録体制

 2006年、ドイツ・スイス・オーストリアの3か国において100以上の医療施設からなるFertiPROTEKTというがん・生殖医療ネットワークが設立されました。ネットワーク独自の症例登録システムを持ち、症例数などがウェブ上で公開されています。登録されたデータに基づいて、卵子・受精卵凍結や卵巣組織凍結に関する成績などが報告されており、最適な排卵誘発法(報告1)や、卵巣組織移植手術の成績(報告2)など、世界の医療者や患者さんにとって貴重な情報となっています。

 オーストラリア及びニュージーランドではオーストラリアがん・生殖医療症例登録システム(AOFR)が開設され、患者さんの治療内容や予後の把握・追跡を開始しています。このAOFRでは「若年がん患者の妊よう性温存療法の受療状況」、「妊よう性温存に伴う合併症」、「がん治療後の生殖機能や不妊症の有無」、「長期間にわたる性腺内分泌機能」、「がん治療後の生殖補助医療後の受療状況および自然妊娠率との比較」などを目的としています。

 その他の多くの先進国でも独自の登録体制を持ち、妊娠成績やがん治療成績などが報告されています。また、ヨーロッパの多くの国々やイスラエルでは、妊よう性温存は無料または公的医療保険を適用して提供されています(表1)。

表1 主な国の妊孕性温存費用と登録制度

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 わが国でも、「全国がん登録」という国内でがんと診断されたすべての人のデータを、国で1つにまとめて集計・分析・管理する新しい制度が2016年1月に始まりました。また、日本産科婦人科学会では2007年から国内における生殖補助医療(体外受精など)の全例を対象とした「ART登録」システムが構築されています。2015年からは妊よう性温存としての卵子凍結、2017年からは受精卵凍結を一般不妊症とは別に登録することになっていますが、卵巣組織凍結と精子凍結は登録対象となっていません。

 これまでの約20年間に妊よう性温存療法を受けた患者が2,000名程度いると推定されています。しかし、それらの患者のうち何名が子どもを持つことができ、がん治療成績がどうであったかの成績は得られておらず、患者への説明も海外の報告を元に行わざるを得ないのが現状です。

日本がん・生殖医療登録システム(JOFR)―旧JOFRと新JOFR

 上記の様な課題を解決していくために日本がん・生殖医療学会は、2018年に日本がん・生殖医療登録システム(Japan Oncofertility Registry, 旧JOFR)を設立しました。 旧JOFRでは妊よう性温存カウンセリングを受けた患者全てを対象として、卵子・精子・受精卵・卵巣組織の凍結などの妊よう性温存療法の内容の他、カウンセリングのみを施行した患者も登録し、表2に示すような医療情報を記録・追跡することとしています。皆様のご協力のおかげで2021年3月までに5,000名以上の全国の患者さんにご参加いただきました。

表2  旧JOFRへの主な登録項目

1. 項目患者基礎情報 2. 予後・生殖機能の評価
・性別 ・予後
・生年月日 ・死亡日
・婚姻 ・性機能不全
・妊娠回数(女性) ・性機能不全の内容
・子の数 ・精子濃度
・性交経験の有無 ・精子運動率
・パートナーの有無 ・血中AMH
・原疾患治療施設 月経の有無
・治療施設内患者識別番号 ・月経周期
・原疾患登録DB名称
・原疾患登録DB症例登録番号
・原疾患分類
・原疾患名
・原疾患診断日
・原疾患の初発or再発
・原疾患の進行度
・原疾患に対する予定治療
・予定治療の無精子症/閉経リスク
・妊孕性温存相談施設名
・相談施設内患者識別番号
・妊孕性温存相談外来初診日
・妊孕性温存実施の有無
3. 妊孕性温存の内容 4. 妊娠成績
・妊孕性温存実施施設名 ・妊娠手段
・妊孕性温存実施施設内患者識別番号 ・妊娠に至ったARTの日産婦ART症例登録番号
・妊孕性温存 ・妊娠転帰
・妊孕性温存の日産婦ART症例登録番号 ・人工妊娠中絶の理由
・妊孕性温存実施/凍結日 ・減胎手術(○個→○個)
・妊孕性温存の成功/失敗 ・出産児数
・妊孕性温存に伴う合併症 ・一卵性双胎の有無
・凍結保存施設名 ・分娩様式
・凍結保存施設内患者識別番号 ・産科合併症
・凍結卵巣再移植 実施施設名 ・産科合併症の内容
・凍結卵巣再移植 実施施設内患者識別番号 ・出産日
・凍結卵巣再移植 実施日 ・児性別
・凍結卵巣再移植に伴う合併症 ・児出生時の在胎週数
  ・児出生時の体重
  ・児生産or死産
  ・児一卵性多胎の有無
  ・児先天異常名
  ・児生後、児の予後(7日未満)
  ・児生後、児の予後(28日未満)
  ・児生後、児の予後(死亡月日)

 2021年4月から妊よう性温存療法を受ける患者さんに対し、全国で公的助成制度が開始されましたが、公的助成金が支払われるためには新JOFRへご参加いただく必要があります。

この新JOFRでは、旧JOFRから以下の項目が主に追加、変更されます。

専用のアプリによって、スマホなどから患者さん自身で情報を入力・閲覧可能に
全国がん登録のデータを活用し、精度の高いデータ管理へ
旧JOFR用国内サーバに加えて、氏名・住所専用の国内サーバを利用
今後、専用アプリでは患者さんにとって、役立つ機能や情報を提供していく予定です。

旧JOFRと新JOFRは並行して運用されます。図1にJOFRの概要を、表3に旧JOFRと新JOFRの違いを示します。

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表3 旧JOFRと新JOFRの違い

  旧JOFR 新JOFR(2021秋〜)
対象症例 2021年3月以前の全症例と 2021年4月以降の公的助成対象外 (カウンセリングのみ、新JOFR非同意)症例 2021年4月以降の 公的助成対象症例
生年月日
氏名・診断時の居住地 ×
がん登録の利用 ×
公的助成金 ×〜△(自治体による)
患者によるデータ入力 ×(同意を得て新JOFRへの移行可) ○(患者アプリ)
1年ごとのフォロー ◎(義務化)
参加施設数 >100
登録症例数 >5000
患者からの同意取得 各施設が書面で取得 各施設が書面で取得
過去症例の登録 ○(オプトアウト可) ×
倫理審査 各施設で必要 原則、代表機関による一括審査

 旧JOFRと新JOFRによるデータベースを解析することにより、わが国の「がん・生殖医療の実施数や地域差」、「生児獲得率など生殖医療としての治療成績」、「生存率などがん診療としての治療成績」が明らかになります。さらに患者さんの住んでいる地域にかかわらず、良質ながん・生殖医療を受けることが可能となる(『均てん化』といいます)ための不可欠な基盤的データの整備が期待できると思われます。また、凍結保存された卵子、精子、受精卵、卵巣組織などが長期間保存される際に所在不明とならないよう、『トレーサビリティ(追跡可能性)』の確保も重要な制度だと考えます。

 登録にあたっては各施設があらかじめ倫理委員会での承認を受け、個々の患者さんからも医療情報をオンライン登録することへの同意を得ることが必要です。先述した日本産科婦人科学会のART登録では、特定不妊治療費助成事業(1回の治療あたり最大30-40万円が患者さんに助成されます)の対象となる不妊治療施設はART登録に協力することが求められており、規模・質ともに世界でも有数のデータベースが構築されています。今後、患者さんや各施設の皆様のご理解とご協力を得ながら、同様の仕組みを取り入れることによりJOFRが制度として普及・定着することが期待されます。

埼玉医科大学総合医療センター産婦人科
髙井 泰

日本がん・生殖医療登録システムII

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